中学2年生のときに一番好きだった柳家小三治のところへ弟子入り志願も…
当時、小三治には8人の弟子がいた。
「真打ちは〆治兄さんだけで、喜多八兄さん(2016年没)と、はん治兄さんが真打ち昇進直前でした。すぐ上は、後に円楽一門会に移った兄弟子(三遊亭小円朝=18年没)で、落語も鳴り物も上手であこがれましたね。移籍後、お酒で体を壊して亡くなりましたけど、前座なのに『うまいな』と思ったのは、この兄さんと、(柳家)花緑兄さんだけです」
前座名は小多け。小三治の前座名を継いだ。
「師匠は別に、期待して付けたわけじゃないんです。当時は前座が足らなくて、入門1カ月もたたないのに寄席に入ることになって急きょ、名前を付けなきゃならない。師匠は、『考えるのも面倒くさい』と、小多けにしたんだと思います」
それにしても、師匠の前座名を継いだのはいいことだ。(つづく)
(聞き手・吉川潮)