津田梅子も…「婦女の鑑」を期待された5人の女子留学生

岩倉使節団の中には5人の女子留学生も交じっていた。山川捨松、永井繁子、津田梅子らで、そのうち梅子はまだ6歳であった。大体が新政府の要人たちの推挙であったり、有力者の縁続きの者であった。次代を担うにはまだ年端のいかない女子にも教育をとの判断が、新政府にはあったといっていいであろう…
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