ロッテ
-
気持ちの優しい伊良部秀輝が起用法についてコーチと口論
ロッテや阪神、メジャーで活躍し、日米通算106勝を挙げた伊良部秀輝は1987年、尽誠学園高からドラフト1位で入団。193センチと背が高く、プロ入り当初はまだひょろっとした体形だったが、とても将来性を感じた。 1年目から一軍で...
-
2005年福浦和也の激走でロッテは日本シリーズ出場を決めた
近藤昭仁さん、山本功児さんが監督を務めた1997年から2003年の7年間。チームはBクラスが続いたが、多くの若手が主力へと成長した。 最も実績を残した一人が地元・千葉出身であり、ロッテ一筋で26年間プレーした福浦和也である。...
-
ロッテ佐々木朗希 憧れの甲子園で「プロ初勝利」の今後
佐々木朗希(19)にとって、甲子園球場は特別な場所だ。 2年前の夏。佐々木のいた大船渡高は岩手大会を勝ち進み、あと1勝で甲子園というところまで勝ち進んだ。 迎えた花巻東との決勝戦。エース兼4番の佐々木はしかし、登板し...
-
胆石で緊急入院…18連敗中に現場復帰し、選手に頭を下げた
何もできないことが心苦しかった。1998年、一軍内野守備走塁コーチに就任した私は、今でもプロ野球記録となっている18連敗を経験した。 6月13日のオリックス戦に敗れて以降、7月8日まで一度も勝てなかった。私はその間、ほとんど...
-
清田はロッテをクビ…選手会絡み“法廷闘争”に発展するのか
緊急事態宣言下での不倫疑惑をフライデーにスッパ抜かれ、度重なる内規違反によってロッテを契約解除となった清田育宏(35)。 昨季、札幌遠征中の不倫がバレた上に、内規違反と球団への虚偽報告によって1月15日から無期限謹慎処分を受...
-
阪神イヤ~な1敗…“無双”岩橋が1死も取れず降板、今季初KO
まさかの光景だった。 25日のロッテ戦。1点リードで迎えた八回のマウンドには左腕の岩崎優(29)が上がった。防御率1.33のセでは無双状態の絶対的セットアッパー。ベンチもファンも勝利を確信する展開にしかし、よもやが起きた。 ...
-
ロッテ清田だけじゃない!プロ野球選手の下半身は暴発寸前
23日、ロッテが清田育宏(35)との契約を解除することを発表した。つまり、クビである。 写真誌「フライデー」に不倫疑惑を報じられた21日から自宅待機を命じられていた清田は、昨年9月末の同様の不倫問題を報じられた揚げ句に球団に...
-
ロッテ佐々木一軍デビュー クイックのことなど気にするな
ロッテ2年目の佐々木朗希(19)の一軍デビュー戦をじっくり見た。結果は、西武を相手に5回4失点だったが、大器の片鱗を感じさせるのに十分な内容だった。 190センチの長身からMAX163キロを投げる速球派。体とスピードに恵まれ...
-
横浜の近藤監督「君が欲しくてトレードを申し込んでいる」
私の現役晩年、近藤昭仁さんが横浜で監督をしていたときのことだ(1993~95年)。 オフシーズンのイベントで大阪へ行くため、新横浜駅から新幹線に乗ろうとしたら、近藤さんとバッタリ会った。解説者時代によく声をかけてくれていた。...
-
1997年開幕直前 近藤昭仁さんから突然“引退勧告”を受けた
プロ野球選手はいずれ、ユニホームを脱がないといけない時がくる。私にとって、そのタイミングは不意にやってきた。 1997年の開幕直前、ロッカーに張り出された開幕一軍メンバーに私の名前はなかった。監督の近藤昭仁さんに監督室に呼ば...
-
佐々木降板直後に終了 残便感ある番組をよう流しよるわい
次世代を背負うであろう佐々木朗希投手がついに5月16日、一軍登板した。雨交じりの日曜、ZOZOマリンスタジアム、ロッテのホームゲームだ。当然テレビ中継はあるだろうと探すが地上波はどこもクソの役にも立たん通常番組で埋まっている。こうい...
-
1年で退任 新鮮だったバレンタイン監督の満塁スクイズ指令
「オハヨウゴザイマス、オゲンキデスカ?」 明るい声が球場の通路に響き渡る。 1995年、レンジャーズで指揮を執ったボビー・バレンタインが新監督に就任した。メジャーでの監督経験者がプロ野球の監督になったのは初めてのことだ...
-
長期低迷の中、試合そっちのけでゲームに興じる若手を一喝
心機一転、千葉への本拠地移転で臨んだ1992年シーズンは、開幕前の右足首捻挫によって成績を大きく落とした。翌93年は規定打席に到達したものの、以降は、出場機会が減っていった。年齢も30代半ばに差し掛かり、若手が使われることが増えてい...
-
ロッテ佐々木朗希に地方公立校出身の壁…怪物でも伸び悩む
覚えることは山ほどある。 17日に登録抹消となったロッテの佐々木朗希(19)。16日の西武戦にプロ初登板初先発し、5回4失点という内容だった。井口監督は5盗塁を許したクイックなどを課題に挙げ、二軍で再調整させる方針だ。 ...
-
千葉へ本拠地移転でも鮮明に覚えている川崎球場の思い出
今でも思い入れが強い球場だ。 1990年から2年間指揮を執った金田正一さんが91年オフに退任。翌92年、西武で投手コーチを務めていた八木沢荘六さんが新監督に就任した。それに伴い、球団は川崎球場から千葉マリンスタジアム(当時)...
-
ロッテ佐々木の一軍初登板は5回4失点 露呈した数々の課題
ほろ苦いデビュー戦となった。 16日、ロッテ2年目の佐々木朗希(19)が西武戦で一軍初登板初先発。5回4失点で勝ち投手の権利を得た上で降板したが、後続の投手が打たれ、初勝利とはならなかった。 最速163キロのストレー...
-
ロッテ佐々木朗希 160km捨て“腹八分目”投球がプラスのワケ
16日の西武戦で一軍デビューする佐々木朗希(19)の最大の売りといえば、右腕から繰り出す剛速球。大船渡高(岩手)時代には163キロをマークしてスカウトの度肝を抜いたが、ここまで二軍戦での球速は150キロ台中盤だった。 投げよ...
-
エラーしたとき村田兆治さんは怒るどころか励ましてくれた
外野のフェンス沿いを黙々とランニングする姿が、一番印象に残っている。 独特のマサカリ投法で通算215勝を挙げたロッテの大エース・村田兆治さんのことだ。 私がプロ入り2年目の1983年、村田さんはアメリカで以前から痛め...
-
金田正一監督からもらった1500万円相当のサファイアの指輪
「チームのMVP賞はサファイアの指輪だ!」 1990年の開幕前、監督に復帰した金田正一さんは、選手全員の前でこう宣言した。 チームの勝利にいかに貢献するか、日々考えながらプレーした結果、打率・338で首位打者を獲得する...
-
大乱闘の試合後に、傷だらけのトレーバーとまさかの遭遇
金田正一さんは選手の健康管理に人一倍、目を光らせる監督だった。ランニングの量を増やし、散歩を課した。禁煙推進もそのひとつだった。特に投手には、「体に悪いものなんか吸うな」と口酸っぱく言っていた。 当時は私も含め、今よりも選手...
-
金田正一さんのキャンプ初練習は異例の「早朝早歩き30分」
金田正一さんが監督なら、そうなることは覚悟していた。 1974年に日本一を達成するなど、73~78年に監督を務めた金田さんが90年、12年ぶり2度目の監督に就任した。 1月の合同自主トレ。当時は、キャンプ前に監督やコ...
-
伝説の“10.19”有藤監督が9分間猛抗議したワンプレーの真相
「何やってんだ! 早くしろ!」 ブルーのグラウンドコートを着て猛抗議する有藤通世監督に対し、スタンドのみならず、近鉄ベンチからも強烈なヤジが飛んできた。 1988年10月19日、近鉄とのダブルヘッダー第2戦。4対4で迎...
-
伝説の10.19ダブルヘッダー 近鉄V阻止「最後の5秒」の記憶
近鉄が連勝すれば優勝が決まる「10.19」のダブルヘッダー。普段の川崎球場は観客が少なく、満員になるのはゴールデンウイークくらい。そのわずかなスタンドのお客さんも、野球ではなく、隣の競輪場をのぞき見する人がいた、といわれたほどだった...
-
右手骨折で強行出場 4年連続で獲得した盗塁王への思い入れ
右手有鉤骨骨折が完治しないまま、有藤通世監督の鶴の一声で一軍へ緊急昇格した私は、復帰戦となった西武戦で3安打1盗塁をマーク。翌日の同戦でも、1安打1盗塁とチームの連勝に貢献することができた。 こんな状態でも意外と打てるもんだ...
-
有藤さんの突発的な一軍復帰指令に目玉が飛び出るほど驚く
「ニシ、今日から行くぞ!」 「えっ? どこへ行くんですか?」 「バカ、ゲームに出るんだよ!」 右手有鉤骨骨折でリハビリをしていた私は1989年5月27日、監督である有藤通世さんの鶴の一声で急きょ、一軍に昇格。その日...
-
右手有鉤骨骨折もギプスをしたままの代走出場に敵もア然
1987年、現役を引退したばかりの有藤通世さんが監督に就任した。落合さんが中日へトレードで移籍し、チームは転換期を迎えた。 私はこの年から背番号「3」に変更した。過去に榎本喜八さん、弘田澄男さんらがつけた番号で、これに恥じな...
-
結果を残し続けた秘密は宿舎の机の上に積まれた有藤ノート
プロ3年目(1984年)の秋季キャンプ。私は、有藤通世さんとまさかの同部屋になった。 「失礼します!」 有藤さんが部屋にいたらと思い、コンコンとドアをノックして、恐る恐る部屋に入った。 「何で自分の部屋をノックし...
-
ロッテ佐々木「5月一軍」見えた! 最大の課題はやはり体力
徐々にだが、前に進んでいる。プロ2年目の右腕・佐々木朗希(19)のことだ。 20日、イースタンの楽天戦に先発し、3回を2安打1四球4奪三振、2失点。新外国人のディクソンに公式戦初の一発を浴びたものの、ストレートの最速は153...
-
大先輩・有藤通世さんとバッタリ鉢合わせ、慌てて筋トレ!
ミスターオリオンズと呼ばれ、通算2000安打を達成した有藤通世さんとは5年間、ロッテで一緒にプレーしている。 私の14歳年上で、1974年の日本一メンバーでもある有藤さんは背が高くて風格がある。豪放磊落な人で、「土佐のいごっ...
-
ロッテ佐々木千隼はリリーフに活路 “次点”から逆襲始まる
2年ぶりの白星の味は格別に違いない。 18日、ロッテの佐々木千隼(26)が今季初勝利を挙げた。1点ビハインドの八回に登板して3者凡退。九回に味方が逆転し、2019年以来となる勝ち星を手にした。 16年ドラフト1位で入...