薬丸岳氏「異邦人」連載直前インタビュー
人間の心理を繊細に描くミステリー作家・薬丸岳氏によるヒューマンミステリー「異邦人」が、来週月曜(5月8日)から本紙でスタートする。「異邦人」は、薬丸氏の人気シリーズ「刑事・夏目信人」の17作品目。著者に意気込みを聞いた。
物語は、警視庁の通訳人に登録しているベトナム人留学生クエットが、ある日、錦糸警察署から連絡を受け署に赴くところから幕を開ける。同胞ベトナム人女性が逮捕され、取り調べの通訳に呼ばれたのだ。署でクエットを待っていたのは刑事課・強行犯係の夏目信人刑事だった。
「これまで勤務していた東池袋署から錦糸警察署に異動になった夏目が、ベトナム人通訳と共にベトナム人女性が犯した強盗事件の真相に迫るという物語です。刑事といえば、ちょっと強面のイメージがありますが、主人公の夏目は物腰が柔らかく、穏やかな人物。言ってみれば、罪を憎んで人を憎まずを地でいくキャラなんです」
今作は2006年に始まった夏目シリーズの新シーズンにあたり、勤務地の変化もさることながら、初の外国人の登場人物など新しいことずくめだ。
錦糸町を舞台にした外国人による事件だが、そこには著者のある思いがあった。
「以前から、外国人に関わる物語をつくりたいと考えていたんです。今、街中はもちろんコンビニ、飲食系のチェーン店には必ずといっていいほど外国人が働いていますよね。彼らはもはや日常風景であり、我々の便利な生活の大部分を担っていると言っても過言ではありません。しかし、彼らは一体、どういう状況で働いているのか。過酷な労働条件を放置していたら、もしかしたら犯罪に結びつくかもしれないなと思ったんです。この身近な問題に目を向けたい、夏目ならどう思うだろうか、と想像しながら執筆しました」
やがて容疑者のベトナム人女性は罪を認め、事件は早々に解決したかに見えた。しかし、彼女のある行動に疑問を抱いた夏目は独自の捜査を開始。クエットも付き合って事件の真相を追うことに……。
「僕は犯罪そのものよりも、その動機や人の心理に興味があるんです。物理的なトリックや謎解きも面白いですが、僕は人の心こそが謎、トリックがあると思っているんですよ。夏目は刑事になる前は法務技官、また自分の娘が犯罪被害者という複雑な背景があります。それゆえ鋭い洞察力と、人の痛みを我がことのように感じる優しさが夏目の魅力。そんな彼が被害者、ときに加害者の心に寄り添っていきます。閉塞した感のある現代ですが、この小説が社会で奮闘している人たちのひと時の楽しみになればうれしいです」
▽やくまる・がく 1969年、兵庫県生まれ。05年「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。16年「Aではない君と」で吉川英治文学新人賞を受賞。著作に、13年にTBS系でテレビドラマ化された「刑事・夏目信人」シリーズがあり、その中の1作「黄昏」は本年の日本推理作家協会賞短編部門を受賞した。