<第5回>降旗監督が「もう一度」といった最初で最後のシーンがある
【あなたへ (2012年・東宝)】
「あなたへ」は結果的に高倉健の遺作となった映画である。妻(田中裕子)に先立たれた刑務所の指導技官(高倉健)が遺骨を携え、自分の車で富山から平戸までを旅するロードムービーだ。印象的なのは亡くなった妻の故郷、平戸の薄香湾に散骨するシーンである。高倉健の映画には、こうした一幅の絵のような忘れられないシーンが必ずある。
「あなたへ」は出てくる俳優陣が豪華だ。ビートたけし、大滝秀治、長塚京三、原田美枝子、佐藤浩市、浅野忠信、綾瀬はるか……。見ていると、それぞれの俳優、女優が高倉に向かって演技しているように見える。
出演者は大物ばかりで、映画に出てくる風景は美しい。しかし、物語は平坦で、ショッキングな出来事、立ち回りのシーンなどは一切ない。
撮影時、高倉健は「あなたへ」について、次のように語っていた。
「降旗(康男)監督が映画のなかのあちこちに大切な思いをちりばめているんです。僕ら映画俳優はその思いを伝えるためにいるだけ。降旗監督は思いを露骨にあらわすんじゃなく、さりげなく伝えている。それがあの人らしい」