<第5回>降旗監督が「もう一度」といった最初で最後のシーンがある
撮影終了後、私は監督に尋ねた。
「なぜ、あのシーンはダメだったのですか」
こんな答えだった。
「健さんの気が立ち上がってくるのに時間がかかってしまった。映画で大切なのは画面に役者さんの強さが表れること。とくに健さんの映画では強さがないと魅力が出てこない」
その時、高倉健がやっていたシーンは引っ越しした主人公が段ボール箱を抱えてひとこと言うだけの場面だ。しかし、それでも、監督は「高倉健の気」の強さを要求したのである。
彼の映画で見るべきものは演技、セリフよりも「気」や「強さ」なのだろう。
▽のじ・つねよし 1957年生まれ。美術展のプロデューサーを経て作家活動へ。「サービスの天才たち」(新潮新書)、「イベリコ豚を買いに」(小学館)など著書多数。最新刊は「アジア古寺巡礼」(静山社)。「高倉健インタヴューズ」(プレジデント社)が話題に。