“反戦自衛官”と呼ばれた小西誠さんは後輩たちの相談に尽力
小西さんは宮崎県串間市生まれ。中学卒業と同時に少年自衛官に。
「7人兄弟の6番目。それまで食うや食わずの極貧生活でしたから、これからは食べ物の心配はない。おまけに給料がもらえ、少年自衛官を経れば、高卒の資格が手に入る。当然、国家に奉仕する愛国少年が誕生しました」
■全共闘運動をきっかけに”反戦”活動へ
3等空曹として任官し、佐渡分屯基地に配属されるも、ベトナム反戦や全共闘運動が全国に燎原の火のごとく広がっていた1969年。法政大学法学部通信課程に通いながら、全共闘運動に関わる学生たちと交流するうちに心境に劇的な変化が生じた。
「70年安保闘争を想定して、治安出動訓練が行われましてね。治安出動訓練は、すなわち国民に銃を向ける訓練です。信じていた自衛隊に裏切られた思いでした」
かくして、分屯基地内に治安出動訓練拒否の反戦ビラをばらまき、“反戦自衛官・小西誠”が誕生した。
「以来、自衛隊の民主化運動ひと筋、ってのはカッコ良すぎますか、ハハハ。ボクは楽天的にできてて、大変だとか、やめようだとか思ったことがないんです。この出版社にしても取材から執筆、レイアウト、校正から経理、青色申告まで1人でやってる。つぶれようがありません」
最近、心を痛めているのはテロ脅威論の台頭だ。
「フランスの新聞社銃撃事件を機に、テロへの警戒を口実に警察や自衛隊による強権的かつ扇動的な治安体制が再び動きだすんじゃないかと非常に心配してます」