“映画俳優”愛川欽也さんの評価が決まってしまった主演映画
愛川欽也さんが15日に亡くなったが、俳優としての活動について意外に報道されていないのを不思議に思った。愛川さんが監督や主演を務めた遺作「満洲の紅い陽」が死去3日後の18日から公開されたばかり。映画への意欲はハンパではなかった。
菅原文太さんとの共演で知られる75年製作の「トラック野郎」は愛川さんの企画だったといわれる。自主製作の「さよならモロッコ」を前年の74年に手掛けたくらいだから、映画畑での大成功は、ことのほかうれしかったに違いない。
「トラック野郎」で東映における愛川さんの評価がアップし、主演映画が76年に製作される。その映画が「キンキンのルンペン大将」。チャプリンぽいコスチュームにして笑わせようとしたのだが、残念ながらそれほど面白くなかったと記憶する。映画は当時の実力派映画評論家たちから酷評された。この時、本人は相当ショックだったのではないか。
結局、意外に早い79年に「トラック野郎」も終わった。これで気を落としたかというと、そうではなかった。映画への意欲を失うことはなく、晩年に全開させ、07年から再び自主製作映画を作り始めたのである。