「力の差は歴然」津川雅彦が語る 俳優・長門裕之さんの存在
絶対的に追いつけないライバル
津川雅彦さん(75)が「兄貴は絶対的に追いつけないライバル」と語るのは、先輩俳優・長門裕之さん(享年77歳)のことだ――。
この写真を撮ったのは、京都の等持院境内。祖父・マキノ省三の銅像を兄貴(長門裕之)と2人で掃除をしているところです。高さが4、5メートルもあって大きいから、下から水をかけるのが大変でね。テレビ番組で企画してくれたおかげで、クレーンを使って頭から水をかけることができました。
マキノは僕のルーツであり、役者人生の原動力。僕が生まれる10年も前に亡くなっているので、会うことはなかったけれど、日本で初めて映画を作った人で、彼の血が自分にも流れているというのは僕のプライド。映画監督として活動するときは「マキノ」姓を名乗っています。
兄貴は絶対的に追いつけないライバルで、長年競い合った関係でした。それだけに、兄弟仲良くという感じではなく、兄貴と写っている写真は数少ないんです。
兄貴は日活のスターで、力の差は歴然としていました。そのため、こちらは役者として自分の存在意義をどう見いだせばいいか、常に考えさせられてきましたね。
ただ、16歳のときに「狂った果実」で映画デビューするとすぐ、ブロマイドの売り上げで大川橋蔵、萬屋錦之介を抜いてしまった。いきなり僕が日本一になってしまったもんだから、兄貴にとっては目の上のたんこぶ。当時は随分叩きのめされたし、仕事も取られました。
「雅彦の役を俺に下さい」と持っていかれちゃった
実は、映画「古都」(1963年製作)の岩下志麻の相手役は僕に決まっていたんです。ところが、兄貴が監督に「雅彦の役を俺に下さい」と直接交渉して持っていかれちゃって。すでに兄貴はブルーリボン主演男優賞など数々受賞した実力派。大根役者の僕よりも適役でした。事実、この作品で兄貴は賞をもらったから、取った兄貴が勝ちだし、選んだ監督が勝ち。でも、僕はといえば、仕事も減ってきたところだったし、惨めだったね。
さらに30歳の頃、恋愛スキャンダルでマスコミに叩かれてね。逃げも隠れもしなかったから、あっという間に「嫌いな俳優1位」になって、仕事がなくなった。それで“もうこれだけ嫌われたら、悪役しかない”と悪役に挑戦し、「必殺仕事人」で再ブレークしたんですよ。こうやって模索し続けていく原動力になっているのが長門裕之の存在でした。仲良くなったのは兄貴の晩年です。仲良くなってしまったから逝ったのかなとも思ったりするんですよね。
「星の王子さま」は無垢な愛と死を伝える
さまざまなフィールドに挑戦してきて今回、「星の王子さま」の後の世界を描いた「リトルプリンス」に声優として関わることができたのは非常にうれしいことです。
娘が3歳の時に「星の王子さま」を読んでやったら、「王子さまは小さな星にひとりぼっちでかわいそう」と泣き出して。小さな子供でも「無垢な愛」を理解できる。死を動物に語らせているところもサンテグジュペリの素晴らしさです。
僕にとって今、無垢な愛を確認できる存在は2匹の犬たち。左側の黒い犬のシロは先日亡くなってしまったんだけど、今、この世にいない人に会わせてくれるなら、親友の緒形拳や竹脇無我、家族すべてを含めて、一番会いたいのがシロです。ガタ(緒形拳)はそれなりに気を使うだろうし、手探りの会話から始まるでしょう。でも、シロは素直に尻尾を振ってきて飛びついてくる。もうその時点で気持ちが通じます。
「リトルプリンス」で僕が演じる「飛行士」は“気づき”のキーパーソンです。僕の人生とともに「死生観」や「無垢な愛」など、少しでも何か感じていただけたらと思います。
▽つがわ・まさひこ 1940年、京都府生まれ。祖父は日本映画の祖マキノ省三、父は俳優の沢村国太郎、兄は長門裕之という俳優一家に育ち、56年に「狂った果実」で映画デビュー。73年、女優の朝丘雪路と結婚。81年「マノン」でブルーリボン賞最優秀助演男優賞、98年「プライド・運命の瞬間」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。21日から公開の映画「リトルプリンス 星の王子さまと私」に声優として出演している。