ジョビジョバ木下明水さん語る 熊本でお坊さんになるまで
さて、木下さんは明治大学文学部在学中の92年、学内演劇サークル「騒動舎」の仲間6人でコントユニット「ジョビジョバ」を結成した。
「公演チケットは即完売で、多くの小劇場の動員記録を塗り替えたものです」
卒業後、大手芸能プロ・研音からスカウトされ、テレビのレギュラー番組を持つほど人気を博した。
「ただ、母が『どうしても龍谷大学(京都)で真宗を学んでくれ』と。それで、忙しい中、真宗学を学ぶため龍谷大大学院に通いました」
新幹線での通学が3年。その間、二足のわらじだった。
「グループでの活動を10年間続け、次第に一人一人で自分の力を試してみたいと皆が思うようになり、02年にいったん休止することにしたんです」
その後は俳優の仕事に加え、03年3月から04年4月まで「オールナイトニッポンいいネ!」の火曜日レギュラーパーソナリティーを務めた。
「この時の経験や話術が今、すごく生かされています。法話や講演の依頼のほか、本願寺派の若手僧侶主催で毎年12月に京都で行っている法話と音楽のライブイベント『メリシャカ』の司会をしたり、地元のエフエムやつしろでトーク番組にレギュラー出演。くまもと県民テレビの夕方情報番組『テレビタミン』にもコメンテーターで出ています」