小説家 カツセマサヒコさん「ツイッターの人」からの卒業
ツイッターのフォロワーは14万人、ウェブライターとしてカリスマ的人気を持つカツセマサヒコさん(34)。デビュー小説「明け方の若者たち」(幻冬舎)は、1万部売れたらヒットといわれる出版業界で累計6万8000部を突破、Apple Booksの2020年ベスト新人作家にも選出された。なぜ彼が紡ぐ文章が若者の心に響くのか、その魅力に迫る。
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小説を出してから急激に出版社の文芸担当の方に認知されるようになった気がします。SNSでフォロワーがどれだけいても、下北沢の路地裏一画ぐらいの認知度しかないような気がしていたのですが(笑)、圧倒的に“リアル”のほうが広がる。それまで主戦場としてきたインターネット上では、自分は実在しているはずなのに、仮想空間のアカウントにしかならない。決してインターネットが嫌いなわけではないのですが、オールドメディアで仕事をすることでやっと実在する人物になれた気がしています。本を手に取ってくださった方の中には僕のフォロワーではない方々もたくさんいるはずで、SNSをやらない層にも僕の作品を名刺がわりに届けられたことが嬉しかったです。
「ツイッターの人」からの卒業
――小説家デビューして嬉しかった仕事はありますか?
クリープハイプの尾崎世界観さんや作家の村山由佳さんなど、まさに自分が聞いて影響を受けたミュージシャンや作家に直接お礼が言えたことは嬉しかったです。これは本を出して、ライターという肩書から小説家という創作活動に移ったからこそ。仕事の内容も、これまで“インターネットの人”として、ネット上で完結していたのですが、雑誌で創作のストーリーを考えたり、テレビやラジオなどのオファーが増えました。そもそもSNSのフォロワーを増やしていたのは、編集プロダクションに所属していたころ、クライアントに企画を通すためにフォロワー数が必要だったから。ウェブライターにとってフォロワー数は自分の発信力そのものなので、ツイッターでどれだけ“いいね”されて、いかに読まれるかだけを考えていました。それがようやく本を出したことで解放され、自分はそこにもういなくても大丈夫なんだという気持ちになれた。「ツイッターの人」って呼ばれるのは、できることなら卒業したいです。
――SNSのフォロワーが多いと、仕事はツイッター経由の依頼が多いのでしょうか?
最近は仕事を通じて他の企業からお声がけをいただくことが多いです。一時期はツイッターのDMに直接「弊社の商品をバズらせてください」といった露骨な商品PRの依頼もありました。「コンビニの新商品について一回つぶやいたら25万円」とか、僕が5000字の原稿を書いても稼げないような話が舞い込んでくる。編集と広告とでは予算全般、そしてギャランティーひとつとっても桁違いだから仕方ないのですが、ツイートしただけでそんな大金をもらえるっておかしくないですか? どこか血が通ってないようなところが怖いし、何かを失ってしまいそうで、そういった依頼は大体断っていました。
――金額に目が眩んでしまいそうですが、断る勇気ですね。
僕はインフルエンサービジネスについて懐疑的で、そこに手を出すとある種の“使い捨て”や“消耗品扱い”されてしまいそうな気がしているんです。企業PRをしていたインフルエンサーで消えてしまった人、この10年でたくさん見たじゃないですか。自分と縁もゆかりもないものを紹介されたって誰も買わないでしょう?
恋愛小説家が思う「現代の恋愛観」
――いまでこそSNSで話題になり、人やものがブレイクするのが当たり前になっているが、カツセさんの冷静に状況を判断するしたたかさには驚くばかりだ。彼が得意とする文章は、いわゆるSNSでの“エモい”ツイートや、デビュー作のような甘酸っぱい青春小説。常人ならば、年を追うごとに若い頃の恋愛の記憶は色褪せてしまうが、語り続けられるのは何か秘訣があるのだろうか。
SNSで20代前半から半ばの男女からの恋愛相談が多いことが理由の一つになっています。若い世代が恋愛に希薄になっているといった話をよく聞きますが、いつの時代も悩みは普遍的。いくつも届く相談を見ていて、20代を経て、30代となったいまなら悩みに対する答えが書けるかもしれないと思ったんです。<好きな人に振り向いてもらえずセフレになった><どうでもいい男と触れ合ってる>といった悩みを、なぜ赤の他人に相談するのか。考えると、自分のコミュニティーじゃない人間にする相談こそが本質的な悩みだったりするのかなと。人間だっていわば動物だと思うと、抗えない部分ってあるし、聖人君子たちの恋愛ではないのですから。
――恋愛をどう捉えていますか?
日本の恋愛の多くは「察して文化」。多くは語らないけれど好きな相手に察してほしいから行動していることが多いように感じています。でも、昨今の流れは、性行為を行う際に同意を取る「性的同意」が強く謳われているから、「キスの事前確認を取ったほうがいいのか?」とかがいちいち頭をよぎる。もしかしたらこれまで映画やドラマでよく見てきたような劇的なロマンスが生まれにくい時代になるかもしれないです。男女二元論からジェンダーニュートラルな価値観になっていくなど、恋愛を取り巻く社会環境は変化しています。2010年代の恋愛が「明け方の若者たち」だとしたら、2020年代はまた違う恋愛模様を描く気がします。
――今後も小説を書いていきますか?
2作、3作と違う話を書きたいと思っています。ウェブライターから始まり、小説まで書く機会をいただいた。なので、本を出したら一丁上がり、みたいな満ち足りた気持ちになるのかなと思っていたのですが、実は全然違うステージがあって。実際はようやくいま、ド新人作家の端っこに立った感じです。新人賞を獲れずに何年も書き続ける作家さんがいるなかで、僕はズルしたように横からぽっとデビューしてしまった。それは失礼なことだと自覚しているので、これからもより一層、小説と真摯に向き合いたい。デビュー作を手に取って読んでくれた方の中には「こんなの小説じゃない」といった感想もありました。あらゆる意見があって当然ですが、その人たちをどれだけ納得させられるかというのもモチベーションになっています。
■小説家とライターの二足のわらじ
――ライター活動と両立されますか?
いまのところそれぐらいしか食いぶちがないので(苦笑)。とはいえ、ひとつの仕事に収まる時代ではないですし、執筆活動のプラスになることは何でもやりたいです。小説は現実から意識を切り離して書くので、枯渇するし遅れていく感覚がありますが、ライターでいる限りはアンテナを張り続けるので世界から孤立するようなことはないのかなって思っています。これから先、物書きという職業がどのようになるのかは分からないけれど、小説という伝統的なものにあえて遡っているので、ネットによって世界が開かれていることを自覚しながら、その両輪をバランスよく回していくことが重要だと考えています。
ネットリテラシーと優れたバランス感覚で、小説家への道を邁進するカツセマサヒコさん。「ツイッターの人」と呼ばれるのは卒業したようだ。
(聞き手=白井杏奈/日刊ゲンダイ)
▽かつせ・まさひこ 1986年東京都杉並区生まれ。2014年、趣味で書いていたブログをきっかけに編集プロダクションに入社し、2017年4月に独立。小説家、ウェブライターとして活躍中。小説「明け方の若者たち」(20年)がデビュー作となる。