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立岩陽一郎ジャーナリスト

NPOメディア「InFact」編集長、大阪芸大短期大学部教授。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクなどを経て現職。日刊ゲンダイ本紙コラムを書籍化した「ファクトチェック・ニッポン 安倍政権の7年8カ月を風化させない真実」はじめ、「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」「トランプ王国の素顔」「ファクトチェックとは何か」(共著)「NHK 日本的メディアの内幕」など著書多数。毎日放送「よんチャンTV」、フジテレビ「めざまし8」に出演中。

残念ながらNHK幹部には調査報道を手掛けた記者はいないのだろう

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「まったくの事実無根で、大変遺憾です。執筆者に対し抗議するとともに、記事の削除を求めてまいります」

 4月9日、NHKはこのような見解を公表した。その対象は、私がYahoo!ニュース個人にその日に書いた「NHKが『クローズアップ現代』の終了を決定」という記事だ。NHKのHPに掲載されている。当日のニュースはNHKの内部の証言を基に報じたものだが、翌日は内部資料を示して既に「“クロ現の次”課題曲」という一種の隠語を使って、後継番組の検討が議論されていることを伝えた。ちなみに、「クロ現」が「クローズアップ現代」の略称で、「次」が後継番組のことであることは説明するまでもないだろう。「課題曲」とは上から課題を与えられて検討する番組を意味する。

 更にその翌日には、既に部局横断の大規模なプロジェクトチームが出来てパイロット版の制作が進められていることを、具体的にメンバー表の中身を示して伝えた。

 それが、NHKが「まったくの事実無根」とした「クロ現」をめぐる状況だ。NHK内でも「まったくの事実無根事件」と失笑がもれるNHK広報の対応だが、NHKはその後は沈黙を守っている。いずれにせよ、ずさんな対応だ。

「まったくの事実無根」とは片腹痛し

 そこから見えるのが、NHKにおけるジャーナリズムの教育の欠如だ。銀行出身の前田会長は仕方ないが、記者出身の副会長や、同じく記者出身の広報部幹部にもそれは言える。まず彼らは調査報道というものを知らない。記事を見て、「誰かから聞きかじった内容を書いた」程度に判断したのではないか。それ故、「まったくの事実無根」と強硬に出れば、黙ると思ったのだろう。

 しかし調査報道からすれば、その判断は甘い。調査報道と経営幹部らが経験した一般の報道と何が違うのか? 確認する内容の密度だ。彼らが得意とした報道は、行政、捜査機関や財界など、いずれ発表される情報を他社より早く入手して報じるというものだ。それは発表する側に主導権がある一方で、実は事実関係の確認はさほど難しくない。情報提供者は所属する組織を裏切る形にならないからだ。

 調査報道は違う。情報提供者は自身の組織を裏切る形になる。このため、取材も困難な上、複数の情報源にあたる。そして大事なのはブツにあたることだ。ブツとは証拠となる資料だ。それが記事に圧倒的な根拠を与える。今回でいえばNHKの内部資料だ。

 残念ながらNHKの経営、広報幹部にはそういう取材をした記者はいないのだろう。政治部、社会部でそれぞれ政党、政府、捜査機関を取材してきたが、それは発表を他社より先に報じる仕事だ。取材とはそういうものだと考えている。もちろん、NHKにも調査報道を手掛けている記者はいるが、経営幹部の主要ポストには就いていない。その結果が「まったくの事実無根」との見解だったと私はみている。

「クロ現」を続けて欲しいとは思うが、来年4月からは別の新たな番組になるだろう。その時、「『クロ現』の良い部分は継承して……」とするのだろうが、今回の「見解」を見る限りそれは極めて難しい。

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