<87>早貴被告はドン・ファンの簡単な祭壇に一度も手を合わせなかった
「オレは従業員ではないけど、会社のことはある程度知っているつもりだから言わせてもらうよ。酒の販売もそれほど赤字ではないし、もしかすると税金対策で赤字と社長が言っているだけかもしれない」
生前にドン・ファンは「アプリコは赤字で閉めようと思っているんです」とたびたび口にしていたが、私はそれを真に受けなかった。亡くなる半年前には、酒を調達するために大型ワゴン車を新車で購入したのだ。もし本当にやめる気なら新車を購入するなんて利にさといドン・ファンがするわけがないだろうと思っていたからだ。
私は続けて、次のように言った。
「大手ホテルとの取引は信用が増すから継続した方がいい。なんたって日銭が入ってくるのは商売としてうまみがある。不動産に関してはマコやんの意見に全面的に賛成だ。金のガチョウの童話は知っているよね」
早貴被告がうなずいた。
「ガチョウを殺したら金の卵を得ることはできなくなる。アプリコの経営を継続していけば金の卵は生まれてくる。キミは仕事をしなくて社長報酬を受け取るだけだから、楽チンだと思うよ」
私は、こうなることがベストだと思っていた。彼女の逮捕も頭にあったが、口にはしなかった。