映画「サマーゴースト」が示す“命のあり方”の描き方…映像はセンシティブなテーマをどう扱う?
2021年、日本映画は「いじめ」や「命」に関わるテーマに目を向けている作品が多く公開されています。公開作を挙げるならば、西川美和監督の『すばらしき世界』は役所広司演じる罪を犯した男が、更生しようとする中で目にしてしまういじめも描かれ、石井裕也監督の『茜色に焼かれる』では、尾野真千子演じる水商売をする女性に客が暴言を吐くシーンがあったり、春本雄二郎監督の『由宇子の天秤』では、いじめを苦に自殺をした少女の事件の真相を女性ディレクターが追う物語が描かれたり、などです。
どれも社会的弱者に焦点を当てながら、カメラを通して彼らをそっと見守るような視点で、“なぜ、「いじめ」が起こるのか?”という問題にも言及しています。これらは「命のあり方」について大人に考えさせ、若者や子どもにどう伝えるのかを問いかけているのです。
■「命」というテーマと優しく寄り添う映画『サマーゴースト』
ではどうすれば、成人前の子どもたちにダイレクトに伝わるのか? そんな問いに答える一本のアニメーション映画が公開されました。『サマーゴースト』というタイトルの本作の監督、原案を務めたのは若干26歳のイラストレーターloundraw(ラウンドロー)。
物語は高校生3人が花火をすると自殺した幽霊が姿を現すという都市伝説を試そうと集まり、幽霊を呼び出すことで自身の死生観を見つめ直す一夏の出来事を描いたものです。その物語を生み出した監督にとって本作は映画デビュー作だったのですが、記念すべき作品に「いじめ」や「自殺」という人の命と密接な関係にあるテーマを題材とした理由を聞くと、
「恋愛ではなく、誰もが一度は考えるであろう自分はなぜ生きているのかという問い。そして、自殺を肯定するのではなく、希望を持って生きて欲しいという思いから」
と話していました。確かに物語に登場する3人の若者が抱える悩みは、親からの過干渉や、スクールカーストによるいじめであり、現実社会でも「命」について考えるきっかけを与える問題です。そんなセンシティブなテーマを線の細い絵と声優たちの穏やかな声でキャラクターを生み出し、自殺シーンや残虐な描写は一切無く、感情に寄り添い一緒に見つめて行く、どこまでも優しい映画として完成させた本作は、ある種の浄化作用さえ感じるほどでした。
センシティブシーンを描くことのリスクと向き合い方
BPO(放送の表現の自由を守りつつ視聴者の基本的人権を傷つけることがないよう、NHKと民間放送が2003年につくった第三者機関)の青少年委員会の委員で、発達心理学が専門の沢井佳子さんは、映画において自殺の具体的描写がもたらすリスクについて指摘しています。
「10歳になる頃までは、目で見た動作を真似する傾向が高いのです。映像で観たこと、つまり視覚刺激の“人のふるまい”が模倣される。“これをしては駄目”という音声や注意書きは摸倣の抑制には効きません。心理学者のアルバート・バンデューラが行った【ボボ人形実験】でも証明されていますが、特に6歳までの子どもは、映像で観たモデルの行動を自発的に真似するんです。乱暴な動作をしたモデルが、それによって罰を受けた様子を知っていても、やはり観た動作を真似してしまうのです」
沢井さんは、映像が子どもの心理と行動に与える影響について特に言及していましたが、青年期においても、観る人の精神状態によって、行動に影響を与えうるのがセンシティブシーン。だからこそ映像に関わる人々には、「命の尊さ」を想像させるだけの表現力が求められます。
多感な年頃の若者たちにその想いを届けたい場合は、衝撃的なシーンの具体的描写をなくして、心理的葛藤の描写から希望を見出すアプローチをとった『サマーゴースト』のようなスタイルが、「命の尊さ」を描く映像表現の、今後の地平を開くものだと期待されるのです。