(5)ポール牧の遺品の姿見が深夜にバタンと…コント芸人の性を感じた怪奇現象
青木にとって、忘れられない芸人がいる。コント・ラッキー7のポール牧だ。相方の関武志が亡くなった後は、タレントだけでなく、俳優としても活躍した伝説の芸人である。
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青木(写真左)「ポール師匠のお弟子さんは、修業の厳しさに耐えられなくて、よく辞めるんです。それで僕の師匠のホープに言われて、カバン持ちとして付いていた時期がありました。指パッチンで再ブレークした頃ですから売れてましたね。人の弟子には優しくて、お年玉に10万円ももらったことがあります。北海道の実家のお寺にお供したこともありました。お坊さんになって、縁が切れましたが」
2005年、ポールが飛び降り自殺した。原因は定かでない。青木と服部は、葬儀に参列したという。
服部(同右)「ポール師匠とお付き合いがあったハンシャ(反社会的勢力)の方たちが大勢出席してましたね。皆さん、体格がよくてこわもてなんで、すぐにわかります。マスコミ関係はシャットアウトで、独特の緊張感がある葬儀でした」