正司花江師匠に聞いた「かしまし娘」時代の超多忙 昭和30年代は大阪‐東京を飛行機で1日2往復
昭和30~40年代、関西を中心に演芸界を席巻した「かしまし娘」。
1981年にトリオでの活動を休止し、芝居にドラマにテレビのコメンテーターにとそれぞれが活躍の場を移されましたが、長女の歌江師匠が93歳、次女の照枝師匠が90歳、そして三女の花江師匠が87歳になられた今もみなさんお元気で過ごされているとのこと、戦前、戦中、戦後の演芸会のことをいろいろ伺いたいものです。
私はトリオとしての「かしまし娘」とは仕事をしたことはありませんが、各師匠と何度かご一緒させていただきました。その回数が一番多く、いろいろお話を伺ったのが花江師匠でした。
もう20年以上も前になりますが、初めて花江師匠にお会いした時はドキドキでした。我々(60代)のお笑い関係者にとって「かしまし娘」といえば“大師匠”。幼い頃からお父さんの一座で鍛え抜かれ、おしゃべりはもちろん楽器も歌もお芝居の声色も一級品、なにより舞台に登場されると照明が変わったかと思われるほどの華やかさで他の追随を許さなかった大看板。子供心に「うまい! おもしろい!」と思ったものでした。