明石家さんま 大竹しのぶとのバツイチ離婚会見
<1992年9月>
88年9月に電撃入籍して話題をさらった明石家さんま(当時33)と大竹しのぶ(当時31)。
92年9月、4年目の結婚記念日を目前に離婚してしまったが、会見の際、さんまが使った“バツイチ”が流行語になるなど社会現象を巻き起こした。さんまは離婚や結婚生活を、今もネタにして受けている。
2人が知り合ったきっかけは、86年夏のTBSドラマ「男女7人夏物語」での共演。当時、大竹はTBSプロデューサー服部晴治氏と結婚し、1歳の息子もいた。だが、服部氏はがん闘病中で、大竹とさんまのことを怒るどころか、さんまに大竹のその後を頼んだというエピソードが有名だ。服部氏は87年7月、47歳で亡くなった。
2人が結婚したのは一周忌が明けて間もない88年9月29日。電撃入籍だった。披露宴などは行われず、翌89年9月には長女IMALUが誕生、幸せな家庭生活がスタートしたかに思えた。
しかし、大竹の妊娠中にさんまが「考えていた新婚生活とえらい違いで、失望してまんねん」と発言したと思えば、大竹もさんまとの生活を「つまんない」とこぼし、不仲説が流れ始める。大竹は「やっぱり、仕事って面白いわ。家にいるよりずっといい」と活動を再開。仕事をセーブして欲しいと考えているさんまとの溝は深くなる一方で、91年ごろからさんまは離婚を考え始めたという。