平民新聞に批判的だった徳富蘇峰 挙国一致体制を妨害すると不満隠さず
平民新聞創刊の裏事情は、幸徳伝次郎や堺利彦が第1号の紙面で明らかにしている。彼らはとにかく非戦論をもって社会を覚醒させようとするのだから、新聞発行は自分たちの政治的活動の一端であり、この新聞を公共性の強いメディアにしようと考えていた。常に日露戦争に懐疑的な論陣を張るのは、国論の…
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