第1話 じゃりン子チエは神 <2>
「えっ、なに?」
「『じゃりン子チエ』や。お姉ちゃん、知らへんの。おとうはんが持ってた昔の漫画で、メチャメチャ面白いんやで。ほな、どういう漫画か、今から教えたる」
美岬は新体操の日本代表チーム・フェアリージャパンの一員としてロシアで合宿をしていた。家族割のおかげで、国際電話でも料金はそれほどかからないのがありがたかった。
ともかく、そんなしだいで、千春の大阪弁はじゃりン子チエこと竹本チエゆずりだった。生粋の大阪人が聞いたら、イントネーションがおかしいと感じるかもしれないが、三男はなかなかうまいと思っていた。もっとも、大阪弁は家族の前だけで、中学校ではふつうに話しているらしい。
千春が突然口をきかなくなったのは去年の12月だった。9歳違いの姉・美岬がやたらな美人であることがクラスメイトにバレてしまい、姉妹なのにまるで似ていないとからかわれたのだ。
美岬は11月下旬に行われた全日本新体操選手権で好成績を収めて、「リオ五輪での活躍が期待される美人アスリート」として、写真週刊誌に取り上げられたのである。掲載号が発売される10日前に出版社から連絡があり、美岬はかわいそうなほど困惑していた。しかし演技中の写真を使用するというのでは抗議のしようもない。日本新体操連盟と所属する大学に報告すると、むしろ宣伝になると歓迎しているようだった。