歌手・松山順さんが語る 94年にハワイで殺害された占い師・藤田小女姫との出会い
松山順(歌手)
1994年2月、ハワイでも有名だった日本人の占い師、藤田小女姫さんが不審死を遂げる事件が起きた(当時56歳)。事件は連日ワイドショーなどで報じられ、日本中が持ち切りだったが、当時、小女姫さんについて語った人がいた。歌手の松山順さんだ。忘れられない記憶がある……。
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まずは奇妙に思われるかもしれないが、これまでも語ったことがあるという、小女姫さんとの出会いの瞬間から。
熊本県球磨郡の出身。中学卒業後、歌手を目指して上京し、歌手・曽根史朗の内弟子になって3年間修業したが、芽が出ないまま、83年に諦めて個人でロケバスの運転手をして食いつないでいた。
「ある時、ロケバス内でうたた寝していたら夢を見たんです。マンションの一室の玄関の扉が開くと、羽衣を着たきらびやかな女性が入ってきましてね。女神が生活苦の僕を助けに来てくれたのかと思いました。それが誰なのか、その時はわかりませんでしたが」
小女姫さんが世間をアッと言わせたのは49年のこと。神がかり的に的中する占い師がいると話題になり、政財界の御用達的存在に。60年安保の時には岸信介首相の命運を予言、細川、宮沢、中曽根らにもアドバイスしたといわれ、財界との交流では松下幸之助らがいる。