<78>金子信雄は裸になった女優の上に生きたタコを投げた
もっとも千秋楽に金子が何か悪さをすることは、スタッフや常連の役者にとって見慣れた光景だった。牛次郎も標的にされていたようだ。
「千秋楽の幕が下りたあと、ネコさんは観客に裏方を紹介するんだ。そのときに『どうも』なんて舞台の前に出ちゃうと、徹底的にいじられて大変なことになるんだって。檜よしえさんって俳優座の女優さんが、事前に教えてくれたんだよ。『牛さんね、きょうは、演出は誰々です、本は誰々ですって絶対に紹介されるからね。そのときにネコさんにめちゃくちゃにいじられちゃうから、うまく逃げないとダメよ』ってね。それで実際に紹介されたときは、舞台袖から顔を出して観客に挨拶だけして、すぐに上手から下手まで走って逃げたんだ。ネコさんは『あ、あのヤロー』って怒ってたけど、やられる方は、たまんないからね」
最初から最後まで金子がやりたい放題にやった舞台。それでも仏教の要素は入れていた。
■ボケるのは仏様の贈り物
「坂本長利さんって舞台で有名な役者がいるんだけど、この人がお婆さん役で、お地蔵さんに『あんたー』って抱きつくんだよ。それで周りは『ボケちゃったね』ってなるんだけど、『ボケるのはいいんだよ。仏様の贈り物だね』って言うんだ。ボケると死ぬことも分からなくなるだろ?お隣に来ちゃった死が怖くてしょうがないってならなくするには、ボケちゃったらいいんだよ。このあたりが仏教なんだ。般若心経でも、羯諦羯諦波羅羯諦って、『逝った逝った、めでたし。無事に死ねて、めでたし』ってあるんだけど、あれにはボケも入るって俺は思うけどね」 =敬称略、つづく
(取材・文=二口隆光/日刊ゲンダイ)