「ヘタレ人類学者、沙漠をゆく」小西公大著
「ヘタレ人類学者、沙漠をゆく」小西公大著
文化人類学者とは「異質な他者がどのように生きているかに触れることで、自分たちの問題をえぐって、未来の可能性につなげていこうとする、果敢な知の挑戦者」。カッコよくいえばこうなるが、実はフィールドにおいてみんなヘタレているはず。
本書は、著者がインド世界に分け入った際の失敗、現地の人を怒らせたこと、自らの鬱屈などを包み隠さずヘタレぶりを前面に出したもの。人間が関与し合う状況下で、完全に互いの不快感を払拭することは困難であり、だからこそ人類学者はフィールドではヘタレでなくてはいけないからだ。
大学の教授に「世界の異質さを存分に味わって、もみくちゃにされて、自分を壊してきなさい」といわれ、一念発起した著者は「自分壊し」の旅に出る。行く先はインド。
各地を旅しながら異文化の厳しい洗礼を受けヘロヘロになったが、1カ月ほど経ったときにインド北西部からパキスタン東部にかけて広がるタール沙漠に向かう。そこでのトライブ(少数民族)の青年との出会いが運命を変える。彼に興味を持った著者は青年の故郷の沙漠の村へ行き、彼の一族と付き合うことで、くしくも貴重なフィールドワークを体験するのだ。
電気、水道、ガスはなく、家財道具もない、見渡す限り広漠とした大地でのシンプルな生活。電気まみれの生活をしている日本とは大違い。
砂とまじないのみでサソリの毒を無毒化してしまう呪医、お金を出したり手助けをしても決して感謝の言葉を口にせず著者個人の所有物を集団の所有物として勝手に使い回すなど、著者の心は大いに揺すぶられ、ゆらいでいく。最初は戸惑ったものの、そこには彼らなりの論理と伝統的な考えがあることに思い至る。自分たちが当たり前と思っていた社会とは全く違った社会がそこにある。ここで著者が経験した「ゆらぎ」は現代日本の社会に生きづらさを感じている人に大きな扉を開くことだろう。 〈狸〉
(大和書房2200円)