「旅の食卓」池内紀著
作者は食べ盛りを戦後の食糧難の時代に過ごした世代。だから、ただのうまいものエッセーとは訳が違う。「石狩川と鮭」から「屋久島の焼酎」まで、列島を縦断しながら、作者の中にある記憶や体験や文学的蓄積が、ご当地のうまいもの以上のメーンディッシュになっている。
石狩川の旅では3日連続で鮭三昧。皮も内臓も白子も堪能する。鮭の味を深いものにしているのは、小説「石狩川」。石狩平野の真ん中にある当別町に開拓民の子として生まれたプロレタリア文学者・本庄陸男の作品は、生き物のような大河のさまを描いている。
東日本大震災後、ほどなくして訪れた石巻は、様相が一変していた。居酒屋のメニューにあったのはイカだけ。なぜか涙が流れてきて、コップ酒をゴクリ。
金沢では近江町市場で仕入れたフグの粕漬けやドジョウの蒲焼きをつまみに、リュックで持参したコニャックの小瓶を空け、心地よく酩酊する。
駅前ホテルに泊まり、ふらりと町に出て、食に出合う。ぜいたくや余計なうんちくとは無縁。最良の道連れに導かれてよい旅をした気分になる。(亜紀書房 1600円+税)