コーヒーがもっとうまくなる本特集
「コーヒーを1日3杯以上飲む人は、脳腫瘍発症のリスクが低い」という研究成果が発表された。あの馥郁とした香り、苦味と酸味と深みが醸し出す味わい、心静めるひとときを演出するコーヒーの魅力は、言うまでもない。今回は、コーヒーをより豊かに楽しむための最新刊本を紹介しよう。
コーヒーがブームだ。いや、もはやはやり廃りで語るものではなく、食生活に根付いた「文化」とも言える。
缶コーヒーで育ったオジサンたちは、ファーストウエーブ世代。コーヒーを大量生産・大量消費した時代だ。セカンドウエーブは、経済重視ではなく品質重視。「スターバックス」や「タリーズ」などのシアトル系コーヒーが代表格だ。そして今はサードウエーブ。バリスタやロースターなどの職人がコーヒー豆の産地と直接取引をして、高品質なコーヒーを提供する時代に。
そんな人々の生活にすっかり根付いたコーヒーの起源や出自を詳しく知りたい人におすすめなのが、「図説コーヒー」(河出書房新社 1800円+税)だ。日本では唯一の専門博物館「UCCコーヒー博物館」(神戸市)が膨大な情報を資料写真とともにまとめている。
まず、アカネ科の常緑低木・コーヒーノキの真っ赤な実をいったい誰が食したのか。ヤギがその実を食べて興奮しているのを発見した「ヤギ飼いのカルディ説」と、罪に問われたイスラム教徒が、鳥がついばむのを発見して煮込んでみたという「シェーク・オマール説」がある。いずれも動物にその効用を教わったわけだ。
しかし、現在のスタイルのように、焙煎して香りを引き出す飲み物にしたのは誰なのか、実はわかっていないという。これぞコーヒーの魅惑的な謎ではないか。
史料によると、9世紀末にイスラム教徒が飲用していたといわれるが、起源はもっと古いと推測される。飲めば元気になる魅力的なコーヒーが、イスラム世界からヨーロッパへと伝わったのは16世紀末の頃だ。
イタリアの謹厳なキリスト教徒は「異教徒の黒い飲み物」を苦々しく思っていたが、その豊かな味に魅了されて、コーヒーに洗礼を施したという話もある。
イギリスでは、女人禁制のコーヒーハウスに入り浸り、家庭を顧みなくなる男たちが増加。これに怒った主婦たちがコーヒーハウス封鎖を求める請願書を提出する事件も起きた。つまりは、コーヒーのとりこになる人が続出。宗教間の溝を深めたり、社会問題にまで発展したという。さもありなん、コーヒーの魔力!
さて、日本ではどうだったのか。
飲用の始まりは長崎出島。初めて飲んだ日本人は食通の幕臣だったが、「焦げくさくして味ふるに堪ず」と記したそう。気持ちはわからないでもない……。一般的に飲まれ始めたのは明治以降だったという。
こうした興味深いエピソードの他にも、豆の種類、産地、ひき方・いれ方なども細かく図説。奥深くて罪深き飲み物の、神髄に触れることができるだろう。
「コーヒーと小説」庄野雄治編
徳島のコーヒー屋の主人が選んだ、コーヒーに合う短編小説集。ただし、コーヒーが登場する小説はひとつもない。むしろコーヒーとは無縁の世界観である。丼に山盛りのカラスミに味の素をかけるシーン(太宰治「グッド・バイ」)や鮮魚と酢飯の香りが漂う舞台(岡本かの子「鮨」)、へびの生き血と耳を切られる鮮血がおどろおどろしい小説(坂口安吾「夜長姫と耳男」)など。一見、コーヒーに合うとは思えない。ところが不思議なことに、希代の文豪たちの短編はちょうど1杯のコーヒーと相性抜群だ。
奇妙だが絶妙なセレクトの10編をご堪能あれ。(サンクチュアリ出版 1300円+税)
「コーヒーの人 仕事と人生」大坊勝次・田中勝幸ほか著 numabooks編
東京都内でコーヒー専門店を営むプロフェッショナル6人に聞いた「コーヒーと人生哲学」。それぞれの思いと発想の根幹を探るロングインタビューだ。
常識よりもビジネスよりも情熱を選んだ男、イタリアのバールを日本でつくることを目指すバリスタ、地域密着型のコーヒースタンドをつくった男。人が交差する場を目指す男たちもいれば、表参道で38年間コーヒーをいれ続けた男は、「孤独になれる空間」を提供したと振り返る。この男たちは嫌いなことはやらない。自分の好きなことを仕事に選んだ潔さが伝わる。
彼らの店で1杯味わってみたくなる。(フィルムアート社 1500円+税)
「コーヒー語辞典」山本加奈子著 村澤智之監修
可愛らしくセンスのよいイラストとともに、コーヒーにまつわる雑学・知識を学べる辞典。コーヒー業界の専門用語から豆知識、本題からやや外れるも、クスッと笑えるネタまで、五十音順に引けるのが特徴だ。コーヒーが登場する映画や漫画、コーヒーをこよなく愛した文化人などニッチなネタも満載。アントニオ猪木、草間彌生、藤岡弘、も登場。その理由はぜひ読んでほしい。もちろん、豆の生産過程から焙煎、歴史などの基礎知識や用語解説もフル装備。コーヒーブームでいまさら人に聞けなくなってしまった言葉の解説も抜かりなく掲載されている。(誠文堂新光社 1500円+税)