「スパイの世界」がわかる本特集

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「スパイの血脈」ブライアン・デンソン著、国弘喜美代訳

 東西冷戦が終わったとき、スパイも必要なくなり、スパイ小説はもう成り立たなくなるだろうといわれた。しかし、その後、国際関係はより複雑となり、スパイたちは今も、各地で暗躍している(ようだ)。なかなか目にすることがない各国のスパイたちの実情が描かれた近年のノンフィクションの名作5冊を紹介する。

 CIA(アメリカ中央情報局)の要職にありながら、ロシアに機密情報を売り渡したジムと、ジムの逮捕後、父親の密偵としてロシアの情報機関と接触していた彼の息子・ネイサンの事件を追ったノンフィクション。

 マレーシア駐在中の1994年、CIA職員のハロルド・ジェイムズ(ジム)・ニコルソンは、ロシアの対外情報局の上級職員に自ら売り込み、情報提供の約束をする。妻と離婚調停中で金が必要だったのだ。ジムが提供したのは、世界各地に派遣される予定のCIA訓練生の情報だった。

 2年後に逮捕され懲役23年7カ月の判決を受けたジムは、ネイサンを連絡役にして獄中からロシアと連絡を取り合う方法を編み出す。

 2人がロシアの情報部員と接触する場面はまさに映画や小説そのもの。諜報の世界を生々しく描いた迫真の書。(早川書房 2000円+税)

「MI6対KGB」 英露インテリジェンス抗争秘史」レム・クラシリニコフ著、佐藤優監訳、松澤一直訳

 東西冷戦時代にKGB(ソ連邦国家保安委員会)で防諜を担当してきた著者が、ソ連とロシアにおけるSIS(英国秘密情報部 通称MI6)の諜報活動の全貌を明かした記録。

 まずはエリザベス1世の重臣だったフランシス・ウォルシンガムに始まる英国のスパイ組織の歴史を振り返る。その上で、1917年、ロシアで10月社会主義革命が成功するやチャーチルが「ゆりかごの中の幼児を絞殺する」と言ってソ連体制の破壊に動き出し、以来、現代まで続くSISとKGBの諜報・防諜のせめぎあいを詳述。SISに寝返りながらKGBのロンドン支局のトップに上り詰めた「ゴルディエフスキー大佐事件」など、エージェントの終わりなきリクルート合戦まで。世界史の陰で繰り広げられたスパイの暗闘を当事者が明かす。(東京堂出版 3000円+税)

「ピンポン外交の陰にいたスパイ」ニコラス・グリフィン著、五十嵐加奈子訳

 劇的な米中の国交回復を導いた1971年の「ピンポン外交」が実現する陰には、ソ連共産党のスパイだった一人のイギリス人の存在があった。国際卓球連盟初代会長のアイヴァー・モンタギュー、その人だ。

 イギリスの大富豪の家に生まれたアイヴァーは、ケンブリッジ大学在学中の18歳のときに「イギリス・ピンポン協会」を設立し、それまであいまいだったルールを統一。一方で、共産主義に傾倒しソ連に通っていた氏は、母国に共産主義思想を浸透させる方法として、卓球を巧みに利用する。

 本書は、そんな彼の人生と、中国が彼によってもたらされた卓球を政治の道具として利用し、アメリカとの関係修復を実現させる過程、そしてピンポン外交の主役となった選手たちのその後までを描いた力作。(柏書房 2600円+税)

「アウトサイダー」フレデリック・フォーサイス著、黒原敏行訳

 ドゴール大統領暗殺計画を題材にしたデビュー作「ジャッカルの日」で一躍ベストセラー作家になった著者が、噂の真相にも触れながら、波乱の人生を描いた自伝。

 幼いころから戦闘機のパイロットに憧れていた氏は、名門ケンブリッジ大学への進学を蹴って17歳でイギリス空軍に入隊。夢を果たすとジャーナリストに転身し、冷戦下、ロイター通信の記者として単身東ドイツに入り、スパイ顔負けの情報収集活動に励む。さらに内戦が勃発したナイジェリアに派遣された氏は独立を宣言したビアフラ共和国の大義に共感、深くかかわっていく。そんな中、接触してきた秘密情報部員と意気投合し、彼の協力者となって現地の情報を渡していたという。

 小説さながらに国境を超えて生きた作家の人生に驚嘆。(KADOKAWA 2000円+税)

「東京を愛したスパイたち 1907─1985」アレクサンドル・クラーノフ著、村野克明訳

「ゾルゲ事件」で日本でもお馴染みのソビエト諜報員リヒャルト・ゾルゲが、西欧のいくつかの新聞雑誌の通信員という肩書で日本にやってきたのは1933年のこと。当初は山王ホテルに宿泊していたが、日本人ジャーナリストらの探りを警戒し、麻布区内の借家へ移る。毎朝5時に起き、朝風呂につかったあとは体操。昼食後は電通会館かドイツ大使館に出向き、戦況報告に目を通すのが日課だった。バイクが好きで乗り回し、やがて銀座のレストラン・ケテルで出会った花子と同棲を始める―――。

 格闘技「サンボ」の創始者オシェプコフ、ソ連の探偵小説の先駆者ロマン・キムなど、国家の転変に翻弄されたロシアスパイたちの人物像を紹介すると同時に、本人の回想録や公文書の記録から麻布、青山などに残る彼らの痕跡を著者がたどったドキュメント。ありし日の東京で行動するスパイの姿が生き生きと伝わってくる。(藤原書店 3600円+税)

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