下村敦史氏 「残された命」連載直前インタビュー
臓器移植や難民、児童虐待など社会問題を題材に人間ドラマを描いてきた作家・下村敦史氏。そんな下村氏による1カ月読み切り6話連作の医療ミステリー「残された命」の連載が、来週月曜(1日)から始まる。7月掲載の第1話は「望まれない命」だ。
物語は法廷シーンから幕を開ける。証人席には最愛の夫を失った水木多香子が立ち、「善意で人を殺せば聖人ですか」と裁判官と裁判員たちに問うている。
被告人は壮年の医師・神崎。終末期医療の現場、ホスピスで働いている中、患者を安楽死させた罪で裁かれているのだった。
「本作の題材に取ったのは安楽死です。1カ月1話読み切りで、医師や看護師、患者など1話ごとに主人公を代え、彼らの目を通した安楽死と、それに絡む謎を描いていきます。第1話の主人公は緩和ケアを専門にする医師の神崎で、3人の患者を安楽死させた罪を問われています。なぜ神崎は安楽死に手を染めることになったのか。愉快犯なのか、それとも合意の結果だったのか……。安楽死の是非を描くのではなく、動機に焦点を当てたエンターテインメントに仕上げています」
近年、「安楽死」はそれを求める声、また事件も含め話題に上ることが多い。著者は作家デビューした5年前ごろから関心を寄せていたが、実際に祖父母を見送ったことが執筆に影響しているという。
「祖母は亡くなるまで3年以上、入院していました。90歳の高齢で、病気ではないけど体のあちこちに痛みがあり、苦しさの中で亡くなったんです。一方、90歳を越えても元気だった祖父は、脳出血で転んで亡くなった。急なことではあったけど、死に顔も生きていたときのように安らかで、祖母のときとは随分と違っていました。そんな2人を見ると、痛みが与える影響の大きさをすごく感じましたね。祖母を見舞ってはつらがっていた母の姿も知っていますから、苦しみ続ける人をそばで見続ける近親者の心情は、リアルに描けたのではないかと思います」
神崎が働く緩和ケア病棟に入院中の水木雅隆は27歳の元ボクサー。全身にがんが転移し、始終痛みと闘っている。雅隆の妻・多香子は足しげく見舞いにやってくるが、ある日、神崎は多香子の別の顔を知ってしまう。
「海外では安楽死を認める国もありますが、日本では議論は呼んでも、実際に認可するのはハードルが高いでしょうね。宗教的な違いなのか、欧米では死は個人のものであるのに対し、日本は、個人と周囲のものでもあるように思います。だからこそ、周囲に迷惑をかけたくないから死にたい、という考えが出てくるんじゃないでしょうか。第1話の裏テーマは家族。やがて訪れる死を挟んで、患者と家族の心のありようも描いています」
第1話執筆中は、主人公の神崎医師ではなく、患者であるボクサーの立場に立っていたそうだ。
「僕は登場人物に入り込んでしまうたちで、今回も感情移入しすぎて、書いているうちに体のあちこちに不調やしびれが表れ、もしや大病が潜んでいるのでは……と心配になり、血液検査を受けました。実を言うと、この2年で頭部のMRIを2回、腹部のCT、心電図、胸部のレントゲン、血液検査は1年で4回もやっているんです。もちろん結果は良好。作品を書くたび、病院通いをしているんです(笑い)」
やがて雅隆に安楽死を要請された神崎は、ある思いを強くする――。
「生き物である以上、誰も『死』とは無縁ではいられません。年齢や立場に関係なく、さまざまな死生観を読みとってもらいつつ、動機の謎解きも楽しんでもらえたらうれしいですね」
▽しもむら・あつし 1981年、京都府生まれ。99年に高校2年で自主退学し、同年、大学入学資格検定合格。2006年から江戸川乱歩賞に毎年応募し、14年に9回目の応募となる「闇に香る嘘」で第60回江戸川乱歩賞を受賞。著書に「生還者」「黙過」「刑事の慟哭」など。