「私のことならほっといて」田中兆子著
3日前に心疾患で死んだ夫の葬儀を終えた「私」が帰宅すると、ベッドの上に夫の左脚があった。
私は、この村に嫁いできてから、困ったことがあるといつもそうしてきたように、崖の下に暮らすおばさまに電話をかけて事情を話す。すると、おばさまの家にも61年前に亡くなった夫の右脚があるという。脚は若い未亡人がさみしくないようにという火葬屋の厚意らしい。ひとりで慰められるように、おばさまの夫の片脚にはあれがぶらさがっていたらしいが私のは脚だけだ。
とりあえず脚は夫のベッドに寝かせたが、目を覚ますといつのまにか私のベッドに潜り込んでいた。(「片脚」)
ほかにも、夢の中で出会った男との関係を保つため眠り続ける人妻を描いた表題作など、官能の香りが漂う短編集。
(新潮社 605円)