【訃報】月亭可朝さん死去、80歳…上方落語会の“無頼派”
1969年にリリースしたコミックソング「嘆きのボイン」が80万枚超のセールスを記録し、一世を風靡した上方落語会の風雲児・月亭可朝さんが亡くなった。80歳。
昨年より病気療養中だったが、上方落語協会によると3月28日午前3時28分、入院先の兵庫県内の病院で急性肺線維症のため死去したという。
1938年、神奈川県葉山市生まれの可朝さんは、幼いころに大阪へ引っ越し、59年4月に林家染奴の高座名で大阪・千日劇場でデビュー。その後、月亭可朝に改名し、69年に発売したコミックソング「嘆きのボイン」が大ヒット。チョビヒゲ、メガネ、カンカン帽といういでたちとギターの弾き語りでブレークした。
「♫ボインは、 赤ちゃんが吸うためにあるんやで、 お父ちゃんのもんとちがうのんやで〜」という歌詞は、大阪府箕面市のプールでのイベント前夜にマージャンをしながら「プールやから水着やし、ボインや」と連想して作詞したという。
無頼派の落語家として知られ、79年には野球賭博で、08年には知人女性へのストーカー行為で逮捕されたことも。また2001年には参院選に「一夫多妻制の確立」「銭湯の男湯と女湯の仕切を外すこと」を公約に出馬するも落選している。昨年11月には「嘆きのボイン2017」をリリースしたばかりだった。
なお、通夜及び葬儀・告別式は密葬にて執り行われた。