著者のコラム一覧
大高宏雄映画ジャーナリスト

1954年浜松市生まれ。明治大学文学部仏文科卒業後、(株)文化通信社に入社。同社特別編集委員、映画ジャーナリストとして、現在に至る。1992年からは独立系を中心とした邦画を賞揚する日プロ大賞(日本映画プロフェッショナル大賞)を発足し、主宰する。著書は「昭和の女優 官能・エロ映画の時代」(鹿砦社)など。

日プロ大賞発表 2010年代ベストワンは「ハッピーアワー」

公開日: 更新日:

 筆者が主宰している映画賞、第29回「日本映画プロフェッショナル大賞(日プロ大賞)」が決まったので、この場をもって発表する。

 日プロ大賞は、とくに独立系の邦画により強くスポットをあてることを主眼としている。映画雑誌や新聞などが主催するメジャーな映画賞とは一線を画し、多様性ある日本映画の特質、魅力を発信するのが目的である。今回は2020年の節目ということもあり、2010年代の日本映画を振り返る意味から、2010年代のベストテン(10年1月~19年12月の公開作品が対象)を選んだ。

 加えて、その10年間に大きな実績をもち、多方面に広く影響を及ぼした日本映画界でもっとも影響力のあった映画人、「ムービーMVP・オブ・2010年代」も選出した。恒例のベストテン選考(2019年度)も行ったが、監督、俳優といった個別の賞は今年はなしとした。

 プロデューサー、脚本家、新聞記者、映画評論家ら26名の選考委員による投票で決まった。授賞式は昨今の情勢を考慮して、現段階では開催時期は未定。

■異色「ハッピーアワー」がもつスケール感

 2010年代のベストテンでは、ベストワンが濱口竜介監督の「ハッピーアワー」(2015年)となり、最優秀作品賞に輝いた。日プロらしいという声を早くもいただいているが、妥当といえば妥当な選考になったとも思える。

 それは、上映時間が5時間超というケタはずれの長さをもつ本作のスケールが、とてつもなく大きいからだ。神戸に住む30代後半の4人の女性たち(プロの俳優ではないが、みな素晴らしい“演技力”だ)を中心にした話の展開が、とんでもなく面白い。5時間が全く退屈しない。あっという間に過ぎる。

 彼女らに与えられたさまざまな異色の設定がユニークで、その先、その先を見たくなる。話の根底に、男女関係の奥深さや怖さがべったり貼り付いているのが、その理由の一つだ。それは男女=人間関係の複雑さというより、現代、いや未来さえ視野に入れた複雑怪奇な世界の一断面を切開したかのようで、見る者の心を鷲掴みにする。傑作、秀作というと、どうしても過去の作品と似てくることがあるが、本作はかつての映画と全く似ていない点も特筆すべきだろう。スケールの大きさとは、そのようなところからも言えるのではないかと思う。

 ムービーMVP・オブ・2010年代が、「ハッピーアワー」の濱口監督になったというのは、本作のインパクトの大きさに加えて、2010年代のベストテンで第8位に入った「寝ても覚めても」の評価の高さもあったかもしれない。

 原作もあり、職業的な俳優を起用したので、「ハッピーアワー」のような荒々しくも生々しい作風とは趣を異にしたが、ここでも男女関係の奥深さ、複雑さの描写は健在だった。男女関係を描くということでいえば、2019年度の作品賞「宮本から君へ」も同じだった。こちらは、レイプ事件を介した男女関係の苛烈さこそが真骨頂だったといえようか。

 見る者の内面に情け容赦なく、ズカズカ入り込んでくるような痛々しい描写の数々が凄まじい。主演の2人、池松壮亮蒼井優のど迫力の熱演は当然ながら、ピエール瀧佐藤二朗らの不気味極まる異様な演技も、本作を大きく支えた。文句なしのベストワンと思う。2010年代、2019年度のベストテン各作品は、現在さまざまツールで見ることができる。ステイホームのちょっとした参考にしてもらえたら幸いである。

■第29回日プロ大賞受賞結果&ベストテン

▽2010年代最優秀作品賞=「ハッピーアワー」(監督・濱口竜介、2015年)

▽ムービーMVP・オブ・2010年代=濱口竜介監督(「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」「親密さ」など演出)

▽2019年作品賞=「宮本から君へ」(監督・真利子哲也)

▽2010年代(2010年~19年)ベストテン
1.「ハッピーアワー」(監督・濱口竜介、2015年)
2.「ヘヴンズ ストーリー」(監督・瀬々敬久、2010年)
3.「サウダーヂ」(監督・富田克也、2011年)
4.「百円の恋」(監督・武正晴、2014年)
5.「恋人たち」(監督・橋口亮輔、2015年)
6.「勝手にふるえてろ」(監督・大九明子、2017年)
6.「横道世之介」(監督・沖田修一、2013年)
8.「寝ても覚めても」(監督・濱口竜介、2019年)
8.「冷たい熱帯魚」(監督・園子温、2011年)
10.「淵に立つ」(監督・深田晃司、2016年)

▽2019年度ベストテン
1.「宮本から君へ」(監督・真利子哲也)
2.「よこがお」(監督・深田晃司)
3.「岬の兄妹」(監督・片山慎三)
4.「愛がなんだ」(監督・今泉力哉)
5.「さよならくちびる」(監督・塩田明彦)
6.「半世界」(監督・阪本順治)
7.「ひとよ」(監督・白石和彌)
8.「嵐電」(監督・鈴木卓爾)
9.「旅のおわり世界のはじまり」(監督・黒沢清)
10.「メランコリック」(監督・田中征爾)

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