復興ふるさと大使の岩手県山田町で聖火リレーしてきました
岩手県山田町で聖火リレーしてきました。コロナ禍の中、賛否両論あるけれど結論はやってよかったと思う。山田町だけでなく聖火が走る全国の各自治体は 本来なら大フィーバーのお祭り大会だったであろうが、感染予防対策を考えに考え、しょぼくも思えるがなんとか次県へリレーをつないだ。特に東北はこの10年の復興を世界中に見せたかっただろうし支援してもらった感謝も伝えたかっただろう。悔しい部分もあるがなんとかやり遂げた。お疲れさまでした。
なんでも中止にするのは楽で簡単だが、苦しくてもどうにかやれることを考えることが大切だ。そこから知恵や努力、友情が得られると思う。
さて私は前日入り。道も奇麗になり、電車もバスも使えるけれど、感染予防も考え、なるべく接触のないよう東京から車で。この来方は10年ぶり。元から東北道は走りやすいが、花巻からの途中のガタガタ道はすっかり整備され、盛岡からの道も奇麗です。トンネルは偉い! 約8時間で到着。《復興ふるさと大使》をさせていただいている町でランナーに選ばれたのはとてもうれしいことだけど、外から菌を持ち込んでは本末転倒。昨年から五輪がいったん中止? そして今年に延期になり、その間ずーっと健康管理に気をつけ、検査も何度もし、検温チェックシートも毎日書き込み(受付では2秒ぐらいしか見てくれなかったが)、ワクチン接種は1回受けて残念ながら2回目は間に合わなかったが、とりあえず出来る限りのことはやった。
震災直後1カ月で初めて訪れた岩手県山田町が思い出される。津波で根こそぎ流された後の火災で、見渡す限りの焼け野原に東京から友だちと15時間迷いながら行った4トントラックを降りて立ち尽くした。絶望に近い無力感だったが各避難所で出会った山田の人々の顔が忘れられない。悲しみの中でも強く生き、逆に「よく来てくれたね」など励ましてくれた。あれから10年。来るたびに町が、海が、山が奇麗に。今回、子供たちも沿道でソーシャルディスタンスサイズ[ありがとう]タオルで応援してくれた。この子たちが、今後の10年、20年、本来の山田の風景を、いやもっともっと美しい山田の風景をつくって見せてくれるのだ。
邦子おばちゃんもがんばって引き続きPRするよ。大好きなスーパーマーケット“びはん”でお弁当買って、“湯らっくす”でひとっ風呂浴びて、道の駅でお土産買って帰りまーす。は? 終わった……って五輪はまだこれからだ!!