【追悼】フォークデュオ「風」大久保一久さん 名曲「22才の別れ」にとどまらない唯一無二の世界観
■「風」はもっと評価されるべきグループ
広島県呉市出身。学生時代から、吉田拓郎らのつくったアマチュアサークル「広島フォーク村」に参加し、「ににんがし」というフォークグループを結成。拓郎から才能を認められたのだろう、自主盤で出した楽曲「知らない街で」は拓郎が初めて、他人に提供した曲であった。
「拓郎さんとの縁はその後も続き、拓郎さんのバックバンドも務めた『猫』というグループに途中から参加しています。その『猫』を脱退して、伊勢さんと結成したのが『風』です。『風』というグループ名からして、風が吹くように、一カ所に立ち止まらず、常に進化していこうという意味を込めて付けられたものでした」(加藤氏)
昭和大学の薬学部を出て、ミュージシャンのほか、薬剤師としての顔も。「風」は79年に活動休止するも、2007年に大久保さんが伊勢のライブに飛び入り参加し、08年には「風」として、コンサートツアーが組まれた。だが、リハーサルのスタジオで大久保さんは倒れ、脳血管障害で緊急手術となり、以来、闘病生活を余儀なくされた。今年がデビュー50周年の伊勢とまたステージに立ち、復活をと望まれ、本人も待望していたに違いない。
「なにより伊勢さんが復帰を待ち望んでいたでしょうから、永遠の別れを告げられて、本当にショックだと思います。『風』はもっと評価されるべきグループでしたし、大久保さんももっと知られるべき方です」(加藤氏)
青春のメロディーは今も風に乗って……。