「文、分、異聞」63年の文学座の“黒歴史”を直視した意欲作に物足りなかったこと
文学座アトリエ公演「文、分、異聞」(作=原田ゆう、演出=所奏)
1963年に起きたいわゆる「喜びの琴事件」を題材にした作品。これは、当時、文学座の座付き劇作家だった三島由紀夫の戯曲「喜びの琴」の上演をめぐって内部対立、劇団員が大量脱退した「黒歴史」ともいうべき事件だ。
中国公演から帰国したばかりの杉村春子は強硬に反対し、三島を支持する松浦竹夫らといったん保留にしたいという戌井市郎らの三極に分かれた。
「喜びの琴」は近未来の管理国家・日本を舞台に、反共思想に凝り固まった若い公安巡査を主人公にした政治色の強い作品であり、劇中で起こる「列車転覆事件」は松川事件を連想させた。
松川事件は大量首切りに反対する国鉄労働者の犯行とされたが、冤罪が確定したばかりだった。
反対派は戯曲そのものに「反共」のにおいを嗅ぎ取り、「労演(勤労者演劇協会)」の上演拒否を恐れた。労演は劇団の最大支援団体だ。
芸術至上主義を掲げて、特定の思想にくみしないことが文学座旗揚げの大原則だったが、皮肉にもこの内紛は「思想」問題をあぶり出したのだ。