ヒロインに抜擢された元祖ニューハーフ松原留美子
<1981年3月>
今でこそ当たり前に使う「ニューハーフ」という言葉。この和製英語ができたのは80年代初頭。語源についてはいくつかの説があるが、サザンオールスターズの桑田佳祐と大阪のショーパブ「ベティのマヨネーズ」のママが対談した際に生まれたというのが有力だ。オカマちゃんのママが「私、男と女のハーフなのよ」というと、桑田が「なら、ニューハーフだ」と返したのが最初だという。
この言葉が定着するようになったのは81年3月に松原留美子(当時22)が出現してからだ。その頃、六本木で「六本木美人」というキャンペーンをやっていた。毎月1人、同地に住んでいるか、働いている女性をモデルにして、ポスターを街中に張って地元を盛り上げる企画だった。
松原がこの企画に採用されると、ポスターは張っていく先から盗まれていった。写真の表情からはほのかな色気とミステリアスな雰囲気が漂い、世の男性を魅了してしまったのだ。彼女が本当は男であることなど誰ひとり想像もしなかった。
ポスターを見た映画監督の高林陽一は「この子だ」とピンときたという。横溝正史原作の「蔵の中」を映画化するにあたって、ヒロインを誰にするか悩んでいた。高林監督とプロデューサーの角川春樹は松原と面談。彼女は自身が男だと明かしたが、2人はなかなか信じようとしなかった。その妖艶さは捨てがたく、ヒロインに起用することを決定した。