稀勢の里と大谷翔平のケガ 今後の競技人生を左右する根拠
7月場所で2場所連続途中休場の不名誉にまみれた横綱稀勢の里(31)。
3月場所で負った「左上腕二頭筋、左大胸筋の損傷」の影響は明らかで、先場所、7月場所と得意の左を満足に使えないまま休場した。
稀勢の里自身は慎重に慎重を重ね、稽古を積んできたつもりだったのだろう。上体のケガをカバーするため、下半身強化にも取り組んだ。しかし、7月場所5日目、勢に敗れ土俵下に転落し「左足関節靱帯損傷」で全治3週間。結果として新たなケガを増やしただけだった。
3月場所の日馬富士戦で負傷した直後、角界内では「5月場所は無理をしない方がいい」という声もあった。さらに5月場所後の横綱審議委員会でも「土俵に上がる以上、万全の体をつくってほしい」と、7月場所は休場してでも治療と稽古に専念してほしいという要望が出たほどだ。
稀勢の里の兄弟子の西岩親方(元関脇若の里)は7月場所中、「ケガはほとんど治っている」と話したが、フィジカルトレーナーの平山昌弘氏はこう言う。
「レントゲンやMRIで異常がなければ、医学的な所見では『治った』といえるでしょう。だからといって負傷箇所を動かして痛みがないかといえば、それは別問題。そもそも上半身は知覚神経が発達しており、刺激に過敏です。少しでも痛みがあると、それが痛覚として全身に影響を及ぼすのです。上半身と下半身は連動しているので、切り離して考えても意味がない。例えば、競輪選手がそうです。ペダルをこぐ競技なので下半身さえ無事ならと思いがちですが、落車して上体をケガした結果、体のバランスを崩して引退に追い込まれる選手も少なくありません」
平山氏によれば、「知覚神経が発達している上半身のケガは厄介。完全に『治った』と呼べるまで、一般的に半年程度はかかると見るべき」だそうだ。
■八角理事長が「中途半端はよくない」
3月24日にケガをした稀勢の里は、4月上旬に早くも稽古を再開している。これでは治りが遅れて当然。7月場所直前の一門連合稽古でも、左腕の痛みに苦しんでいた。
相撲評論家の中澤潔氏は「嫌な予感はしていました」とこう言う。
「昔も栃ノ海という横綱が、本場所の土俵で右腕の筋肉を断裂し、引退に追い込まれた。相撲は格闘技なので、腕のケガは致命的ですよ。稀勢の里はケガを抱えながら、3月場所千秋楽は本割、優勝決定戦ともに照ノ富士に右手一本で勝利しました。照ノ富士自身もケガをしていた上、あまり考えて相撲を取るタイプではない。それで『オレは右上手一本でも勝てる!』と勘違いしてしまったのではないか。結果としてケガを悪化させてしまった。今後の課題は治療を徹底できるかどうかでしょう」
ある親方は「今後は2場所連続休場、つまり今年いっぱい休んで、来年の初場所で出直すぐらいでなければ、自分の相撲が取れる体に戻らないのではないか」と言う。
9月場所については八角理事長(元横綱北勝海)も「あと何場所(で出場できる)とかはいい。中途半端に出るのはよくない」と休場を勧めている。横綱審議委員会も24日の定例会で、万全でないなら休場してでもケガの回復を優先すべきとの意見が前回の会合以上に多かったという。
とはいえ、稀勢の里にとって横綱になる以前の休場は大関時代の14年1月場所の千秋楽1日だけ。先代師匠の故・鳴戸親方(元横綱隆の里)の「力士は休場すべきではない」という教えに忠実に従ってきた。休むことに対する抵抗感は人一倍強い。しかも、19年ぶりの和製横綱としての責任を十分すぎるほど感じていることは、これまでの言動から容易に察することができる。
つまり、先代の教えと和製横綱としての「看板」と「責務」が、万全な状態ではない体を土俵へと駆り立てている。ケガは癒えず、稽古も不十分のまま、再び土俵に上がっても結果は火を見るより明らかだ。格下相手に連敗したり、ケガにケガを重ねて休場を繰り返せば、日本中を沸かせた和製横綱も早期引退に追い込まれるのは必至だ。