湘南ベルマーレが旗を振る「BAFA」はどうなった? 設立から半年、リアルな現状を聞いた
パートナー選定で重視した3つの基準
Jリーグが推進している「アジア戦略」がスタートして10年が経過。2022年1月に「ベルマーレ・アジア・フットボール・アライアンス」(BAFA)の設立を発表した湘南は今後、どんな取り組みをアジアで展開しようとしているのか?
■アカデミー運営を重視するクラブとの縁
──パートナークラブを眺めた時に、その国のビッグクラブというよりは「将来性を重視したクラブが多い」という印象を持ちました。クラブ選定の基準などはあったのでしょうか?
「そう思えばそうだな、と私も思います。選定基準として、ひとつは人の繋がりを大事にし、信頼できるクラブがそこだったということ、クラブの経営規模感からしてもコストを抑えて進められるということ、そしてアカデミー運営を重視しているクラブとのご縁を重視したということ、です。クラブが日本人を理解でき、日本文化を受け入れる土壌があるということを一番に考えました」
──なるほど。そういった思いが合致したプロビンチャーレが集まった、ということですね。
「この夏の移籍市場でコンサドーレ札幌さんやセレッソ大阪さんがタイ人選手を獲得しましたが、ああいうクラスの移籍には、そこそこの金銭が発生します。ただ我々がタイ代表の選手を獲りにいって即戦力になるかどうか、分からない状況でクラブとしてアプローチするのは現状では難しいな、と。なのでアカデミーを重視するクラブと一緒に若手選手を育てていきながら、国際移籍が認められる18歳になったタイミングで『出し手は日本で活躍させたい』、受け手となる我々は『この選手なら大丈夫だよね』といった流れを構築したいんです。そうなればリスクもコストも下げられるでしょうし」
■BAFAパートナークラブ間での相互交流
──湘南ベルマーレ以外のBAFAパートナークラブ間での相互交流などはあるのですか?
「はい、それには大いに期待しているところなんです。たとえばパートナークラブのホームタウンであるヴィエンチャン(ラオス)とノンブアラムプー(タイ)って地理的にもの凄く近いんですよ。行き来だって簡単にできるので『来週、練習試合をやろうよ』とかね。また選手の貸し借りだったり、各々で起きていることの情報共有だったり、今後は担当者ミーティングで情報を出し合って、ベルマーレを介さなくても、加盟クラブ同士でいろんなことができたらいいな、と思っています」
──話を聞いていると湘南ベルマーレさんのクラブカラーだったり、フットワークの軽さが東南アジアの土壌にマッチしているように感じます。
「(水谷)社長がアジアのことを良く理解しているからこそ、互いがライトな形でアライアンス設立を進めやすかった、ということはありますよね。これってお互いに興味を持った男女が『いきなり結婚は重たいよね』『だからまずは付き合ってみようよ』と互いの気持ちを尊重した上で始めようという感じなんですよね。これも東南アジアのノリとでも言いますか。私はラオスに2年半住んでいましたので、この感覚を経験したお陰もあって慣れている、ということもあります。送ったメールの返事が1週間来なかったり、なども普通にありますしね(笑い)」
■15歳くらいまでは<個の力>で打開できるけど…
──この10年、多くの東南アジア人選手が来ては活躍できずに帰国てしまったり、なかなか試合に出られなかったり、ということが多く見られます。どうして彼らはポテンシャルを発揮できなかったと考えますか。
「15歳くらいまでは、彼らも<個の力>で打開できるんですよね。ただその年齢を越えると『グループでサッカーをすることに慣れていない』こともひとつあるんだ、と思います。今でこそ多くの日本人選手がヨーロッパでプレーしていますが、我々のクラブレジェンドでもある中田英寿がヨーロッパへ出て行った25年前には、世界で『日本人がやれるの?』と思われていたと思うんですよ。しかし、彼はイタリアでスクデットを取ってイングランドのプレミアリーグでもプレーした。そのパイオニア的存在こそが、今の東南アジアでいうチャナティップ(川崎フロンターレ/タイ代表)に準ずるんだ、と。成功者が今は1人、2人だとしても、チャレンジを止めなければいずれ5人、10人となっていくとは思うんです。ASEAN諸国選手の技術レベルは、絶対に上がっていきますから。だからこそ、育成年代の重要性を感じて欲しいんです。BAFAを通じて我々が、そこへ何かを提供していきたいと強く思っています」
■パートナークラブと一緒に若い選手を育てたい
──なるほど。では最後に。発足15年を迎えた湘南ベルマーレフットサルチームは昨季、クラブ史上最高のリーグ2位となりました。そして今季は「(5カ年計画で)アジア覇者を目指す」と高らかに掲げています。サッカーのカテゴリーでもこういったビジョンを「BAFA」が下支えする理由もあるのでしょうか?
「いや、そうではないのですが、フットサルチームはそう言っているんですね。なるほど。東南アジアでのフットサルって盛んなんですよね。ASEANツアーはフットサルチームから始めた方が良いかな。凄く盛り上がりそうですよね。ちょっと考えてみますね。フットサルチームへも話してみます」
◇ ◇ ◇
関口氏は終始穏やかな口調で、また時折楽しそうに計画や動向について話ししてくれた姿が実に印象的だった。
我々は背伸びをしない、クラブ規模に見合った業務提携を一歩一歩進めていきたい。パートナークラブと一緒になって若い選手を育てたい──そのことを強く感じ取れたインタビューだった。
独特な東南アジア式空気感の中で進めるプロジェクトであり、また育成に重きを置きたい思いからしても、即効性は期待できないだろうし、時間が必要なことも理解できた。根気のいる取り組みではあるが、関口の目の奥から伝わってきたクラブ浪漫は本気に違いない。
1995年、アジア・カップウィナーズカップを掲げた湘南ベルマーレ(当時はベルマーレ平塚)が再び、アジアを舞台にフットボールイノベーションを起こすことは出来るのか。いや、必ず起こして欲しい。ベルマーレ・ビッグ・ウェーブに乗って、絶対に。