「戦国のゲルニカ─『大坂夏の陣図屏風』読み解き」渡辺武著
昨年は、あの「大坂夏の陣」から400年の節目の年だった。本書は、大坂落城と豊臣家滅亡をもたらしたこの日本史の最大事件のひとつを描いた重要文化財「大坂夏の陣図屏風」(大阪城天守閣蔵)をテーマにしたアート&歴史ビジュアルブック。
六曲一双のこの金屏風、天地150センチ、左右721センチという巨大な画面に、慶長20(1615)年5月7日の決戦当日の様子が克明に描かれている。
戦闘場面を主とする右隻と、避難民や戦乱の惨状を主とする左隻を合わせて人物だけでも5000人以上、それぞれの表情までリアルに描き込まれており、歴史史料としても美術品としても一級の大作だ。
まずは右隻から鑑賞。住吉大社東南方に本陣を置き、天王寺口からの城攻めを指揮する馬上の徳川家康をはじめ、東軍総司令官の将軍秀忠本陣など、右隻一扇・二扇・三扇には徳川方の主な諸部隊が描かれる。
それぞれの部隊の配置などを解説する一方で、夏の陣に遅参した上に大坂への途上で家来が問題を引き起こして家康や秀忠の不興を買った家康の六男・松平忠輝の夏の陣後の悲劇的な人生や、屏風の中でただ一人、個人の奮闘場面がクローズアップされている大多喜城主本多忠朝など、登場人物たちのサイドストーリーにまで触れ、歴史読み物としても抜群の面白さ。
右隻のほぼ中心部には、四天王寺石の鳥居の手前、茶臼山から出陣して家康本陣を目指す「赤備え」の真田幸村隊が描かれる。そしてその左には豊臣方総大将・大野治長の大部隊、さらに秀頼が籠城体制に入ったため、主がいない豊臣本陣と、屏風は右から左へと場面がダイナミックに展開しながら、決戦当日の模様を伝える。
しかし、何といっても本屏風の真骨頂は、左隻にある。多くの戦国合戦図屏風が勝者の合戦場面を美化して描かれているのに対し、戦火に巻き込まれた非戦闘員たちの悲惨な戦災の実態を生々しく描き残しているのだ。橋が焼け落ちてしまったため逃げまどい淀川に飛び込む人々、略奪や婦女暴行など徳川兵による蛮行など、地獄絵図さながらの戦場の真相を暴き出す。ピカソの反戦画「ゲルニカ」に倣って、本作品が「戦国のゲルニカ」と呼ばれるゆえんだ。
本屏風は夏の陣に参戦した福岡藩主黒田長政が戦後に家臣に描かせたという伝承があるが、その伝来や制作者に関する謎も丹念に検証。
多くの史料を駆使して一双の屏風絵から歴史が読み解かれていく過程に知的好奇心が刺激される。(新日本出版社 2300円+税)