「味覚小説名作集」大河内昭爾/選
食うということの本能の悲しさ、不気味さが伝わってくる
人間、しょせん色気と食い気といわれてきた。色欲も業が深いが食欲もそれに劣らない。この「味覚小説名作集」を通読して改めてそう痛感した。
近代文学の名作として知られる芥川龍之介の「芋粥」、岡本かの子「鮨」、上司小剣「鱧の皮」のほかに矢田津世子「茶粥の記」、水上勉「寺泊」、円地文子「苺」、耕治人「料理」、庄野潤三「佐渡」の8編が収録されている。
飲み食い関連の文章を読むのが好きなので、すでに「鱧の皮」「茶粥の記」「鮨」「芋粥」は何度も読んでいる。
今回初めて読んだ「寺泊」「苺」「料理」「佐渡」が4作4様、それぞれ素材も料理の手並みも異なり、不気味だったり、女性のエロスを感じさせられたり、食の怖さを味わわされたり、食をめぐるさりげない身辺のできごとが語られたりする。
「寺泊」に登場する食の主役はタラバガニだ。寺泊という地元漁村でたまたま出くわした光景――ただ、やみくもにカニを食う群衆の描写なのだが、そのなかの1組の男女が……カニというもののイメージなのか、食うということの本能の悲しさ、不気味さが伝わってくる。
「苺」では、長年付き合ってきた女友達の食の好みがガラッと変わったことを男が知る。これが物語の伏線となる。苺がなによりの大好物だった彼女が、苺を見向きもしなくなっている。なぜか?――女性の心と生理が謎の解答となる。
「料理」は、ちょっとした恐怖小説だ。存分にもてなされる食の恐怖――これは芥川の芋粥に通ずる怖さ。これでもか! という量の料理が相手を圧倒し、むしばんでいく。
それに対し「佐渡」は梅干し、鰹節、そして豆腐といったなじみ深い食材から入るエッセー風小説のため、ゆったりとした気分で読み進められる。編者自身、食の雑誌を主宰してきた文芸評論家だけに、選びぬかれ構成された作品メニューを存分に味わいたい。(光文社 740円+税)