「夜行」森見登美彦著
学生時代に通っていた英会話スクールの仲間5人が「鞍馬の火祭り」を見に行こうと、京都に集まった。実は10年前、6人で出かけた火祭りの夜に、仲間の女性1人が忽然と姿を消した。彼女はまだ、あの夜の中にいるのだろうか。
「有頂天家族」で天狗や化けタヌキが跋扈する世界を描いた作者による連作怪談である。
失踪した彼女に招かれるように久々に顔を合わせたかつての仲間は、貴船川沿いの宿で、それぞれに自分の旅の思いを語りだす。どの話も、背筋がぞくりとする体験を含んでいた。
家出した妻を捜して尾道を訪れた中井は、廃屋で妻そっくりの女に会う。男女4人で奥飛騨を旅した武田は、霊能者の不気味な予言に振り回される。津軽、天竜峡、そして鞍馬と、奇怪な旅の話が続く。
不思議なことに、彼らの話には、すでにこの世の人ではない銅版画家・岸田道生の連作「夜行」が関わっていた。永遠に明けない夜に浮かぶ顔のない女。岸田の連作は、現実世界と百鬼夜行する別世界をつなぐ境界なのだろうか。
鞍馬の火祭りの夜を舞台に、こちら側の世界と向こう側の世界を行きつ戻りつ。ファンタスティックで静寂に満ちた魔境を旅した気分になる。(小学館 1400円+税)