椎名誠を思い出させたたけしの小説
「アナログ」ビートたけし/新潮社 1200円+税
「たけしがたどりついた“究極の愛”。凶暴なまでに純粋な、書下ろし恋愛小説」とうたわれた本書だが、普段の「オネエチャンとコーマン」的なイメージのビートたけし氏とは趣を異にする。
メール、LINEなど人々がデジタルを通じていくらでもやりとりができる時代に「毎週木曜日の夕方、喫茶店“ピアノ”に来ればいる女性・みゆき」との恋を描いたもの。2人は連絡先を教えることなく、毎週木曜日にピアノで出会い、そこからデートする。主人公・水島悟が大阪出張に行ったりしている時、みゆきは、ひとりピアノで時間を過ごす。
ここに水島の友人である高木と山下、そして会社の人々が重なり合って、このアナログな恋愛が進行するのか進行していないかのような状況が続く。
本書を読んでいて不思議な感覚に出合った。「新橋烏森口青春篇」(椎名誠)と漂う空気感が似ているのである。基本的には純朴な男が2人の親友との時間を楽しみつつも、ほのかな恋心を抱く女を思い続ける。職場には小物臭漂う上司とペコペコ部下がいたり、気の合う仲間もいる。主人公の男はウジウジとしていて、「アグレッシブにゴーしろ!」などと、「アナログ」に登場する上司・岩本のように言いたくなってしまう。「新橋――」の舞台である1970年代の古き良きサラリーマン的世界観が、2010年代に蘇ったらどうなる? という観点からも読むことができる。
実は私が小説を読むのはこの20年で4冊目だ。つい仕事に直接的に役立つ本を読んでしまう傾向にあり、娯楽という観点での読書からは遠ざかっていた。今回「アナログ」を読んだ理由は、「テレビじゃ言えない」などの時事放談が面白いたけし氏の小説だったからである。
私は小説という文章形態の「型」はすっかり忘れてしまっていたが、本書で気になったのが、盛り上がる「毎週木曜日」に至るまでの金曜日から水曜日までのエピソードにもう少し伏線があって欲しかった点である。本当はウエットな男なくせに、どこか無理にドライにさせようとしている感があるだけに、「そこまで彼女を愛していたの?」という唐突感があったのだ。
ただし、カツラKGBを名乗る同氏なだけに、カツラに関する話題になると突然筆致が冴えわたり、山下と高木の漫才的やりとりもテンポと言葉遣いはさすがに秀逸だった。
★★(選者・中川淳一郎)