監督不詳の軍政下の強権政治の実態を暴く問題作
「ミャンマー・ダイアリーズ」
いまや日常生活をこえてプロの映画製作にまで使われるスマホ。特にドキュメンタリーでは生々しい現場映像の多くがスマホでの撮影だ。初代スマホのiPhoneは2007年発売だから実はまだ20年も経ってないが、世界を一変させたのは周知の通りだろう。
その力を改めて実感させるドキュメンタリー映画が先週末封切りの「ミャンマー・ダイアリーズ」。軍政下の強権政治の実態を暴く問題作だが、監督は不詳。現地の若手らがチームを組んだものの、露見すると拘禁の危険があるため匿名集団になったらしい。
この作品でも警官や兵士の強権を目の当たりにさせる映像の多くが市民の撮ったスマホ動画だ。夫や父を強引に連れ去る兵士に立ち向かう妻や娘の金切り声が、プロの取材にない怒りをかき立てる。
ちなみに来月中旬に公開予定の「燃えあがる女性記者たち」はインドで最下層のカーストに属する女性たちがスマホを武器にネット報道で闘うドキュメンタリー。ここでもスマホが弱者の矛になり盾にもなっている。
もうひとつ、「ミャンマー・ダイアリーズ」の特徴は複数の監督の集団製作(ミャンマー・フィルム・コレクティブ)という点。取材の制約が厳しいためだろう、出演者の顔を隠した物語を断片化した映像などを組み合わせたことで、独裁下で生きる体感を観客に伝えるのに成功している。権力者は「多様性の時代」などと巧言を使うが、強権政治の恐怖が多様な人間をひとつにまとめるという逆説が明示されているのだ。
ハルオ・シラネほか編「〈作者〉とは何か」(岩波書店 7370円)は小説や映画などを「ひとりの作家」の個性や主体性の発露とする常識を疑う文学研究者らの論集。映画の「作家主義」を再検討し、中国の政治と映画の関わりへと展開するアメリカ人学者の議論が面白い。 <生井英考>