2人の不眠症の高校生を描く青春物語「君は放課後インソムニア」
新人のころから見てきた映画監督がキャリアを積んでゆくさまは楽しい。
個人技の小説と違って映画製作は集団でやる大仕事。それだけに作品の規模が大きくなると自分の個性を貫くのは難しくなる。独創性ある監督ほど、インディーズ時代とは違う商業的制約のもとで自分の表現を成立させる、その腕のよしあしが問われるのだ。
来週末封切りの「君は放課後インソムニア」は池田千尋監督の最新作。商業デビュー作「東南角部屋二階の女」以来、脚本家でもある彼女の一貫した関心は「過渡期」にある男女の迷いやためらいにあったといっていいだろう。
今回、「君ソム」と通称される人気マンガを原作に、公開の少し前にはテレビアニメまで放映開始されるというのは制約も圧力も大きかったはずだが、外部要件をすべて満たし、かつこれまでの池田作品の集大成の域に達した。
成功の要因はいくつかあるが、ひとつは主人公が高校生でぐっと若くなったのが幸いしたことだろう。10代は迷って悩んで当たり前。年齢が高いとモラトリアムの設定や描写に手をかけねばならないが、10代なら迷いながらも全力で駆けるさまを手ぎわよく描くことができる。主人公の高校生役のふたりはともに達者だが、特に男子の奥平大兼の巧まざるやぼったさがいい。
そんな演出のこなれ具合を見るにつけ、本作は監督にとって何らかの分岐点になりそうに思う。今後どんな方向に進むか楽しみにしたい。
ちなみに題名の「インソムニア」は不眠症。逆に過眠症がナルコレプシーだ。筆名・阿佐田哲也でも知られた色川武大は食事中でさえふいにナルコレプシーの発作に襲われたという。独特の語り口が特徴の短編集「怪しい来客簿」(文藝春秋 660円)にもそんな話がある。終着点を持たない、永遠の過渡期のように人生を生きた作家だった。 <生井英考>