10年かけて調べられた風聞の事件を見事に映画化
関東大震災は100年前の天災だが、今回はそれにからんだ人災の話である。
震災から5日後のこと。房総半島を流れる利根川べりの福田村(現在の千葉県野田市)で、通りすがりの行商人の一団が殺害される事件が起こった。折から横浜や東京では在日朝鮮人が悪事をたくらむとの流言飛語が人々を惑わせたが、福田村でも在郷軍人の自警団員が行商人たちのしゃべる四国なまりの方言を朝鮮語と聞きとがめて騒ぎとなる。
聞きつけて集まった約200人の群衆が暴徒化し、複数の幼児や妊婦を含む計9人をなぶり殺しにしたのである。
この出来事は地元でほそぼそと語り継がれたが、詳細の定かでない風聞だった。それを流山市在住の女性が10年以上かけてコツコツ調べた結果、1冊のノンフィクションにまとめたものの、千葉の「ふるさと文庫」で知られた版元の崙書房は4年前に出版不況で解散。以来、せっかくの労作も絶版状態をかこっていた。
他方、この事件に強い関心を抱いたのがドキュメンタリーの映画監督。これをなんとか映画化できないかとクラウドファンディングを計画。苦労して製作資金を集め、ついに来週末に封切りを迎えるに至った。その過程でくだんの絶版書も新たな版元から再刊されることとなり、今年6月、とうとう増補改訂版として店頭に並んだのである。
それが辻野弥生著「福田村事件」(五月書房新社 2200円)と、来週末に封切り予定の森達也監督作「福田村事件」。ちなみに映画は森監督の初の劇映画で、趣旨に賛同した多くの人気俳優たちがそこかしこに出演している。
原作本として映画化される書籍は数あれど、こんな過程を経た例はめったにないだろう。文化果つるばかりの昨今、ひさしぶりに愁眉を開く話ではないか。 <生井英考>