「歌わないキビタキ」梨木香歩著
「歌わないキビタキ」梨木香歩著
木々の葉叢(はむら)の間にキビタキがいるのに気づいた。まだ南に渡らずにいる。歌わないキビタキは繁殖期の朗らかな様子とはまるで違って、重い鬱屈を胸に抱えているようだ。
夜半に、ストーブ用の薪を運ぶとき、刺さったトゲをトゲ抜きで抜いていて、30年以上も前のことを思い出した。
母とケンカをした夜、母が指にトゲを刺した。私は自分が母の心にトゲを刺したのだと直感し、焼いた針で時間をかけてトゲを抜いた。私はこだわりのある子どもだったが、母はそのこだわりを否定することが私のためになると信じているようだ。(表題作)
八ケ岳の山小屋で四季折々の自然にふれて感じたことをつづったエッセー。
(毎日新聞出版 1980円)