「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」J.D.ヴァンス著、関根光宏・山田文訳/光文社(選者:稲垣えみ子)
過酷な現実に向き合う主張に心を打たれるが…
「ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち」J.D.VANCE著、関根光宏・山田文訳
アメリカ大統領選挙はハリス氏の登場で混沌としてきたが、その前まで、どうにもトランプ氏が勝ちそうで私は怖かった。政策どうこう以前にトランプ氏には底がない。氏にかかればセクハラも選挙の敗北も全ては自分を陥れる策謀で、都合の悪いニュースはフェイク。そして、その主張を多くの選挙民が「そーだそーだ」と受け入れている。これじゃあ歯止めってものがどこにもないじゃないか。これが民主主義の行き着く先?
結局、私が怖いのはトランプ氏自身より、その支持者を突き動かす何かなのだろう。ってことで今更ながら、その躍進の原動力となったラストベルト(錆びついた工業地帯)の現状を描いたこの本を買う。もっと早く読んどけよって話だが、私のような「奇麗事」を言いがちな人に対する暴力的な言葉が詰まっているんじゃないかと怯えたのだ。だが、著者のヴァンス氏をトランプ氏が副大統領候補に指名したと知り、興味が恐怖を上回った。
結論から言うと、これは間違いなく名著である。
ヴァンス氏はオハイオ州の寂れた鉄鋼業の町で育った。極貧から脱するため移住してきた祖父母は働き者だが、高校も出ていない。母親は薬物依存症でパートナーを頻繁に代え、そのたびに住まいを転々。「私のような境遇に育った子どもは、運がよければ公的扶助を受けずにすむが、運が悪ければヘロインの過剰摂取で命を落とす」。氏はその中で自分が何を感じ、何に傷つき、何に支えられたかを真摯に記していく。
私が心を打たれたのは、その出口なき過酷な現実に対する真摯な主張だ。
「問題は、政府によってつくり出されたものでもなければ、企業や誰かによってつくり出されたものでもない。私たち自身がつくり出したのだ」
「オバマやブッシュや企業を非難することをやめ、事態を改善するために自分たちに何ができるのか、自問自答することから全てが始まる」
そんな氏が、全ては移民や中国や民主党のエリートのせいと言って人気を集めるトランプ氏を、白人労働者階級に悪い影響を及ぼしていると強く批判したと伝えられるのは当然のことだろう。
だが、氏は上院議員選挙に出る際、トランプ氏の支持を得るため、その主張を全面転換。今やトランプのクローンとも呼ばれる。そこまでして氏が目指すものとは何なのだろう。アメリカの希望がますます見えなくなった。 ★★★