俳優・大出俊さんが語る「酒好きのおごり」に気づかされた日
その時はすでに社長は出勤した後。でも、リビングのテーブルには、ちゃんとハンコを押した契約書がありました。そんな良き時代だったんですね。
■胃がんの手術後も晩酌は欠かさず
退職後、役者になると周りが私以上に酒好きだらけ。ますます飲み歩くようになり、毎晩、ボトル半分がノルマ。徹夜で飲んで、二日酔いのまま稽古に行ったり、ロケ現場やスタジオ、地方公演に向かったりっていうのもしょっちゅう。
頭の片隅に、「サラリーマンじゃないんだから、出番の時さえシャンとしてればいい」。そんな思い、甘えがあったんだろうね。
でも、それは“おごり”なんですよ。気づかされたのは、30年ほど前の宮城・気仙沼公演。主演は杉村春子さんでした。7月だったか8月だったか定かじゃないけど、とにかく暑い暑い日。私たちが大型バスで正午すぎに会場の市民会館に到着したら、すでに40、50人ほどのお客さんが入り口そばで待ってたんです。
開演は18時半ぐらいだから、まだ6時間以上ある。それでも、流れ落ちる汗を拭いながら、待ち遠しそうに、うれしそうな笑顔でね。その時、初めてお客さんの立場というか、公演を楽しみにされてる人たちの気持ちを思い知らされました。