平松愛理さん8歳で聴き腰砕けに「学生街の喫茶店」の魅力
「部屋とYシャツと私」が100万枚超の大ヒット
当時は父にレコードを買ってもらい、聴いてました。ガロはそのあとの歌も好きでよく聴きましたけど、「学生街の喫茶店」で食らったカウンターパンチのインパクトが一番強かったですね。
平松さんは幼少の頃から自作の曲を作り、高校の軽音楽部でガールズバンドを組んだ。文化祭で教室いっぱいのお客さんの前で自作を演奏した時に、割れんばかりの拍手をもらったという。
あの頃、オリジナル曲を作って歌う人もいなかったし、全員が女性というバンドも周りにいなかったからか、予期しないほどたくさんの拍手をもらい、「生きててよかった」と思いました。それまで私は自分に対して存在価値を感じてなかったから、あの瞬間、初めて人に認めてもらえたと感じ、「将来は音楽で自分の思いを伝えていくぞ」と決めました。
シンガー・ソングライターを志した平松さんは幾多のバンド活動を経て大学卒業後に兵庫から上京し、曲を作ってはレコード会社に持ち込む日々を送った。スタッフのひとりに「詞も曲も才能ないから。才能は歌だけ」と言われたこともある。バイト生活で貧乏暮らしをしながら、毎週、レコード会社に持ち込みを続けて89年にソロデビュー。92年の「部屋とYシャツと私」が100万枚を超える大ヒットになった。
あの曲は結婚前の女性の好きで好きでたまらない気持ちを表現したものです。男の歯ぎしりもいびきも好きで、浮気されたら毒入りスープで一緒に死のうという究極の恋心を書きました。
「あの夫婦のその後を書いて」とお願いされてもあの曲を超えるものは絶対書けないし、自分が生んだ原作に対して失礼だと思ってずっと断っていました。でも、去年、私自身にとって、原作との距離が最後だなと思ったことで、「部屋とYシャツと私」の夫婦の30年後をデビュー30周年に発表しました。今は自粛中の5月から始めたYouTubeで「1日1答“100の質問”」を生配信、真っ最中です。自宅から歌うこともありますので、ご覧ください。
(聞き手=松野大介)
▽ひらまつ・えり 1964年3月、兵庫県生まれ。87年にユニットでデビュー。89年からソロシンガー・ソングライターとして活動。92年の「部屋とYシャツと私」が100万枚の大ヒット。昨年は30周年として「部屋とYシャツと私~あれから~」を発売。現在、自身のYouTubeチャンネルで100日間連続、配信中。