“ザ・芸能界”な仕事は沢田研二「勝手にしやがれ」が初めて
そしてそれが大ヒットする。こうやってヒット曲はできるんだと実感し、正直ビックリもしました。若造なのに起用してもらって、レコード大賞を取るような曲のアレンジを任されて、本当にありがたかったです。
レコ大当日のことは忘れもしません。大賞が発表された時、この後どうすればいいのか? ステージに上がっていいのだろうか? とフリーズしちゃいましてね(笑い)。その時阿久悠先生が「おい! 行くぞ!」と肩を叩いてくださって、僕をステージまで連れていってくださったんです。目がくらむような体験でした。
家族の反応も変わりましたね。タイガースの大ファンだった妹が「お兄ちゃん凄い!」って認めてくれましたから(笑い)。あの頃はみんながレコード大賞を見ている時代。そこに映っているわけですからね。大学で4年間授業そっちのけでサックスを吹いて、しかも4年で中退……。レコード大賞を受賞して親もひと安心したんじゃないですかね。あの時初めてアレンジャーをやっててよかったと思いました。
「勝手にしやがれ」は、いろいろな意味で僕のアレンジャー人生の中の転機ですね。
僕にとって沢田さんのイメージは「勝手にしやがれ」の時から変わっていません。「お疲れさまでした」と声をかけてくれた時のままです。