「人生劇場」桜木紫乃氏

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「人生劇場」桜木紫乃氏

 昭和の北海道で、見果てぬ夢を追い求めた男の人生劇場は、赤錆びた鉄鋼の町、戦前の室蘭から始まる。

 主人公、新川猛夫は子だくさんの魚屋の次男。兄に〈馬鹿タケ〉といじめられ、長男第一の母には冷たく扱われる。身の置きどころがない猛夫は、旅館と食堂を営む伯母、カツに育てられる。カツは猛夫をわが子のように可愛がり、旅館を継いでほしいと願うが、中学を終えた猛夫は腕一本で生きる職人に憧れ、札幌へ理容師修業に出た。

「猛夫のモデルは私の父です。でも、父の経歴をそのまま記録したわけではありません。小さいころや修業時代のことは語りたがらない人なので、想像で埋めながら、父の人生を小説で編み直したというか。架空の話なのに、書いて初めて父と知り合えたような気持ちです」

 刃物を手に客と接する理容師の修業は厳しい。猛夫は意地の悪い兄弟子たちをいつか見返してやろうと頑張る。努力の甲斐あって20代半ばで独立、釧路に理髪店を開業した。同じ理容師の里美と所帯を持ち、夫婦並んで店に立つ。娘が2人生まれ、弟子もいる。

 けれども猛夫は満たされない。言葉にならない苛立ちから、里美に手を上げるようになる。その挙げ句、店そっちのけで理容師の技術競技会にのめり込んでいく。腕はいいが、困った男なのだ。

「一国一城のあるじになって男のプライドが出来上がりますが、責任も重くなります。いつも自分が上でなければならないし、女房に弱みは見せられない。荒ぶる気持ちを抑え切れないことはあっただろうなあ、と……。父が一度だけ『お母ちゃんという人は、とても腕のいい職人だった』と漏らしたことがあるんです。器用で客あしらいもうまい母の方が、職人として上だったんでしょう。だから何としても競技会で勝って、トロフィーを持って帰らないと、かっこ悪くて仕方なかったんだと思います」

 競技会への熱も冷め、猛夫が40歳になったころ、一家に激震が走った。一発逆転を狙った猛夫が大借金をしてラブホテルのオーナー社長になったのだ。〈どうだい、男にならんかい〉と誘われたら、乗らないわけにはいかない。ところが、ふたを開けたら、猛夫の新しい城は廃材のかたまりだった。何ともひどい話なのに、そこはかとなく喜劇的。

「私、滑稽上等と思っています。タケみたいな生き方をする人を否定しません。いろんなことがあって、いろんな記憶にまみれた人生って、豊かだなと思います。豊かに生きればよし、です。はた迷惑ですけどね(笑)」

 職人技、己の城、車、ギャンブル、幼馴染みとの逢瀬。猛夫は自分が見たいものしか見ないし、したいことしかしない。いつも家族を翻弄する。

「以前母に、なぜ父と別れなかったのか聞いてみたことがあるんです。そしたら『タケちゃんといると、なんだか面白いんだよねー』って。これが母の正直なひとことだったと思います」

 いろいろあったけれど、女房にも娘にも肯定してもらえた。タケちゃん熱演の人生劇場に、拍手。 

(徳間書店 2310円)

▽桜木紫乃(さくらぎ・しの) 1965年北海道生まれ。2007年、「氷平線」でデビュー。母方をモデルに女3代の人生を描いた「ラブレス」、実家のラブホテルを舞台にした直木賞受賞作「ホテルローヤル」、中央公論文芸賞受賞作「家族じまい」など、家族の光と闇を描き続けている。ほかに「緋の河」「孤蝶の城」「ヒロイン」「谷から来た女」など著書多数。

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