駒沢公園で山口洋子の車椅子を押す野口修…晩年の老老介護
しかし、ここから筆者は腹をくくった。「半年以内の校了」という無謀な計画を白紙とし、時間も費用も度外視、徹底して調べ上げる評伝(ノンフィクション)にしようと決めた。結果として10年もかかってしまったが後悔はない。ただ、野口修が健在のうちに刊行できなかったことだけが心残りである。
取材方法は幾分変転したが、野口修の口の堅さは徹底していた。筆者はいいように翻弄された。それは沢村忠に関する件が主だったが、山口洋子との出会いや真なる関係性に触れようとすると、彼の口をさらに重くした。それでも裏取りをしないことには話は進まず、取材だけは続けた。場所は決まって駒沢公園のカフェである。
■晩年の“老老介護”
2012年の初夏のことである。「取材の時間を少し遅らせてほしい」と野口修から連絡があった。公園のベンチに座って時間を潰せばいい。うれしくなるような初夏の晴天だったことをはっきり覚えている。
芝生に寝そべって携帯電話を操作しているサラリーマン、遊具で幼児を遊ばせる若い母親、ショートパンツでジョギングコースを走るファラ・フォーセットのような白人女性……。すべて午後の公園の風景に溶け込んでいた。ベンチに座って何をするでもなくペットボトルを口につける筆者もその一点に数えられよう。