退職者とつながる「アルムナイ」を企業が続々導入 人手不足解消だけではないその効用とは
少子高齢化と人手不足の深刻化で、企業は思うように採用できなくなっている。そんな中、即戦力採用の打開策として注目されているのが「アルムナイ」だ。記者がその現場を探った。
◇ ◇ ◇
アルムナイ(alumni)は、卒業生や同窓生という意味の英語。それが転じて人事面では、企業の退職者の集まりを指すようになっている。大手企業でもアルムナイ・ネットワークの構築が盛んで、トヨタ自動車、みずほ銀行、電通などビッグネームがズラリ。アルムナイを重視していることが分かる。
企業経営や人的資源管理などを専門とする法政大学大学院の石山恒貴教授が言う。
「私は大学卒業後、3社で一貫して人事、労務部門を歩む中、2社は外資系企業でした。外資系では、当時からアルムナイは当たり前で、とても大事にされています。退職者は裏切り者ではなく、会社のファンですから。私はどの会社も、今でも好きですよ。アルムナイのコミュニティーがあって、情報交換もできますから」
古い体質の日本企業には、アルムナイのコミュニティーはなく、あったとしても定年退職者の“同窓会”で、退職後もなお年功序列の関係が持ち越されることもあった。中途退職者が裏切り者扱いされることも珍しくなかっただろう。
「そんな古くさい企業体質は、JTCと揶揄される時代ですが、いまだに少なくありません」と石山教授。JTCとは、ジャパン・トラディショナル・カンパニー(伝統的な日本企業)の頭文字で、上意下達で硬直的な企業文化を皮肉る言葉だ。XへのJTC関連の投稿は昨年1年で24万件を超えるという。
では、日本でアルムナイが広がっているのはなぜか。
「企業と社員の考え方が大きく変わってきたことに加え、人手不足の深刻化です。採用難はさらに進むでしょうから、金融系やIT系、サービス系などは、その状況を見越してすでにアルムナイを積極的に取り入れています。アルムナイはメリットばかりですから」(石山教授)
■コロナ禍で変化。退職後も企業のファンに
アルムナイは、退職者の集まりで、そこからの採用活動はアルムナイ採用と呼ばれる。要は、出戻り、カムバック社員だが、そんな再雇用はアルムナイの一面に過ぎないという。石山教授が続ける。
「企業は正社員だけでなく、さまざまな立場の個人との関係で成り立っています。事業の内容や案件、プロジェクトなどに応じて、退職者と緩くつながることはとても大事です。いつも同じメンバーで固まり、その中で問題を解決しようとする企業は行き詰まります。また、退職者を大切にする企業は、Z世代はじめ若者から魅力的な企業に見られるため、新卒採用や若手の中途採用にもプラスです」
ある社員が他業種に転職したとしても、退職後も在籍した企業の風土や文化、人間関係は熟知している。そんな退職者とのつながりを絶つのは、なるほど機会損失だ。
石山教授によれば、日本でアルムナイコミュニティーをいち早くビジネス化し、その言葉を広めたのは2017年創業のハッカズークだという。同社は退職者のためのコミュニティーツールを開発。スマホアプリで、退職者や現役社員がSNSの一つ、フェイスブックのような仕組みで気軽にコミュニケーションを取れるアプリを700社以上に提供している。
同社の鈴木仁志社長はシンガポール滞在時にアルムナイでの起業を発案。海外の企業では普通に行われている退職者とのつながりを見て、日本での必要性を痛感。それでも当初は、「そんなアイデアはビジネスにならない」と相手にされなかったが、コロナ禍で潮目が変わったという。
リモートワークの定着で、ワークライフバランスを重視する人が増加。不満退職ではなく、自らのチャレンジのための転職や起業も相次いだことで、同社にはアルムナイについて問い合わせが増えたという。
「企業にとって、退職者との関係がゼロになるのはもったいない。アルムナイとしての再雇用だけでなく、退職後も一緒にビジネスをつくったり、お客さんになったりすることで、さまざまなエンゲージメント(つながり)が成立します。アルムナイは、その企業の外の世界を知るハブ人材や探索型人材ですし、退職後も会社のファンでいてもらう関係を求める動きが強まったのです」(鈴木社長)
合理性のもとに削られてきたつながりの場が改めて重視され、IT企業が社宅のようなシェアハウスを用意するような動きもあるという。